20210329 桜よりも快晴

年度末になると慌ただしく人事異動が発表になり、数年前に地方の支部に勤めていた後輩が本社に戻ることになったのを知ったのは先週だった。
仕事の愚痴を良くこぼしながら日付が変わる頃まで一緒に残業をした仲だ。お互いその頃は独身で、自分たちが本当にダメになるまで仕事をしていた。仕事に洗脳されていた時期でもある。今となっては自分を犠牲にしなくても良かったと思うが、その頃はそれが1番楽しかったのでまあよかったのかもしれない。

本社に戻るし色々話がしたいと言われたのはやはり先週で、事務引き継ぎなんかの関係で本社にやってくると言うので近場の定食屋で昼食を一緒に食べた。

後輩は聞いてくださいよ、家が完成したんですよ、と席に着くなりそうそうに話し始めた。スマホのカメラロールは新築の外観と内装でビッシリ埋め尽くされていた。互いの好みがそんなに合わないことは自覚していたけれども、後輩とその夫がこだわり抜いたらしい新築の家はそれはもちろん新築と言うだけで大変素晴らしいものではあったけれど、世間一般的な話であって、こちらの心を深くくすぐるかと言うとそういう訳でもないな、と思う。
オシャレだね、以外の言葉が出てこず、よくないなと自覚しながらも正直なゆえにそれ以上の褒める言葉もでてこなかった。後輩のことが嫌いなわけでは決してないのだけれども、人の好みと自分の好みが合致しなかったときの、繕い方を未だに知らない。

家の話を一通りすると、日替わり定食が、運ばれてきた。女2人が食べるには大きすぎる唐揚げが4つと、大盛りのご飯と、豚汁、切り干し大根の小鉢。とびきり美味しいかと言うとそういう訳でもない普通の定食屋だが、最近仕事を言い訳に台所に立たない自分には、誰かが作ったもの(店だから当たり前なのだけど)というだけで、たいそう身にしみた。夫にもろくなものを食べさせていない。1度料理をサボると、中々台所という空間に戻れなくなる。

大きな唐揚げをほおばっていると、後輩が徐ろに早く産休に入りたいですよ、と零す。本当は、地方の支部でそのまま産休に入るつもりだったらしいが家を建てるのが忙しかった為にタイミングがズレているとのことだった。
仕事嫌なんですよね、今度のところ忙しいし、できれば異動したくなかったのに。そのまま子供作りたかったのに。
彼女は箸で切り干し大根を弄りながら、不満を言う。私は、切り干し大根の気持ちになったように、心がささくれだった。

一緒に仕事をしていた時も、たまにこんな風に気持ちがささくれ立つことがあったな、と思う。
少し粗野な物言いをしたり、ものを受け取る時にどこか乱暴だったりする彼女に、少しずつ澱が溜まったのを思い出した。
彼女の、そういうところを感じる度に少しずつ傷ついていたのだと思う。
いっこうに切り干し大根を食べようとしない彼女を見て、なんとなく、そのことに気づいた。

じゃあ、本社戻ったらまた、お昼とか行きましょうね!
後輩は手を振って颯爽と去っていった。私は1人、春を超えて夏のような日差しの中とぼとぼ社屋へ向かう。
慕ってくれる後輩にいつもこころ広くありたいが、些細な物言いだったり態度だったり所作だったり無意識の言葉だったりに、小さく傷ついてしまう。

家の事や子供のことで思い悩む私に、一段階上の話をしないで欲しい。比べるような話をしないで欲しい。ひどく、惨めだから。

そんな風には言えない。愚かなワガママだと分かっている。私の言葉が、また誰かを小さく傷つけていることだってあるわけだし、だれまがだれもを守れる訳では無い。
それでも、後輩のことは嫌いになりたくないし、嫌われたいわけでもない。

ただ、仕事に洗脳されて愚痴を言いながら互いに何にも縛られていなかった頃が楽しかったし懐かしかった。それだけ。