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固定派にちょっかい出してくる人種を解体して言語化してみた話

 先日起こった毒マシュマロ案件はサイコホラーだと判明したが、その後で「左右固定は正しくない」とか「左右固定者は己の有害性を自覚して声を小さくしろ」みたいな迫真の非固定思想が最初マシュマロ送られた人の元へと届けられ、うわぁってなったので改めていち固定派の見解を示しておく。

 固定派のブチキレお気持ちnoteは以前にも書いたんだけど、「棲み分けに協力してくれる大多数の良識ある非固定派」と「何が何でも固定派にちょっかい出さないと気がすまないはた迷惑な非固定派」を一緒くたにして書いてしまったという点は反省したい。なので今回の記事ではまず便宜上後者を「粘着型非固定派」と呼称し、前者の良識的な非固定派と切り離しておく。

 この粘着型非固定派の特徴としては、

①「どこまでならいけますか」みたいなアンケートを取るなどして固定派のコミュニティに無理に入ろうとしたり、CP表記を偽るなどして自分の作品を無理やり読ませようとする
②固定派に先行ブロック等で拒絶されていたり、①の行動を咎められたときに「固定派に攻撃された」「自分を拒絶した固定派側に非がある」などと考える
③「左右固定は正しくない思想なので、非固定側が改心させないといけない」とか思っている
④ ③の思想に基づいて固定派の正しくないとされる部分を逐一指摘したり、自分たちの正当性を事あるごとに主張する

 などがある。
 粘着型非固定派の腐女子の言動を観察してみると、基本的に固定派の腐女子をうっすらと見下しているのがわかる。なのでその見下している人種に自分たちが拒絶されたり反論されたりすると思考や認識がバグってしまい、相手の正しくなさを糾弾して己の正当性を確保しようとする。ここでなぜ躍起になって正当性を確保するのかというと「非固定派を嫌う理屈が間違っているとわかれば、固定派は自分たちを受け入れざるをえないはず」という思想が粘着型非固定派の根っこにあるからだと思われる。

 直近でいうと、「左右固定は体質で、逆やリバのカップリングが見られないのはアレルギーみたいなもの」という喩えに対して粘着型非固定派たちが「アレルギーの人に失礼だ」とか「作品をアレルゲン呼ばわりするのは失礼だ」とか「それで本当に体調を崩すなら病院に行くべき」みたいな反論をしてきたのがそのいい例だろう。

 真っ当にコミュニケーションを試みようとしてくれる人であれば、「これは比喩表現なんだな」という理解をして、話の内容を汲もうとするものである。言葉尻をとらえてはチクチクとあげつらって自分たちの正しさだけを喧伝するのは、主張内容が間違ってなくてもコミュニケーションのやり方としては大いに間違っていると思う。それで相手から受け入れられると本気で思っているんだったら、そっちの方がよっぽど第三者のカウンセリングとか受けたほうがいい。

 以前のnoteでも書いたが、仕事だったり学校だったり、実社会での環境なら考えが合わない人ともある程度折り合いをつけて接する必要が出てくる。だがネット上での趣味のコミュニティにおいて、接することによる利益が皆無なうえに真面目にコミュニケーションをやるつもりがない人種にこちらが割いてやる時間など本来は1秒たりとも存在しない。そんな時間があるなら推しCP二次創作に費やしたり気の合う人と話したりする方が精神衛生上ずっといい。

 非固定派にとっても自分の推しCPで他者の気分を害することで得られる利益はなく、苦手である人の目に入れるくらいなら、それらが好きな人の目だけに触れさせて萌えを見せあって楽しみたいと考えている人が殆どだろう。だから固定派の自衛にも付き合ってくれていると私は思っている。

 しかし粘着型非固定派はこれらの非固定派とは違い、推し作品や推しCPを通して己の思想の正しさを示すことを己の利益としている。こういった人種にとっては推しCPや推し作品は「思想のデッキ」であり、彼女たちは頼まれてもいないのに思想カードバトルを仕掛けてくる。このバトルに乗ってしまうと後は屁理屈を並べ立てられてサンドバッグにされて終わりなので、相手の土俵に立たないことが一番大事なんだと思う。仮にこのカードバトルに勝って、粘着型非固定派から「正しい」とお墨付きを貰ったとしても何の利益もない。なのでハナから無視してしまって自分のコミュニティ内での趣味活動を楽しもう。

 長々と書いたが、私の主張としては「とにかく粘着型非固定の皆さんにおかれましては関わらないでそっとしておいてほしい」「思想として正しくなくても左右固定から逃れられそうにないからそっとしておいてほしい」「粘着型非固定は粘着型非固定だけでつるんで、こちらには一切触れないでほしい」という感じであり、これは前回の固定厨ブチキレお気持ちnoteを書いた時点から変わっていない。

 ちなみに個人的には、棲み分けしてくれている粘着型ではない非固定派の人については特に悪感情はない。これは街中ですれ違っただけの人に対していちいち何も思わないのと同じ感じだ。たまに「固定の人の作品をRT・ブクマ・いいねするのは気が引ける」という非固定の人もいるが、私個人としてはそれだけなら「非固定の人に反応されたな」としか思わない。そこから非固定であることを前面に出して話しかけられたら困るなってくらいである。
 以前にブチキレnote書いておいて何言ってんだと思われるかもしれないけど、適度な距離感を保って共存していけたらいいんじゃないかなと思う。

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