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砂川文次「ブラックボックス」を読んで

定例の土曜日の病院の帰り道に、芥川賞受賞作「ブラックボックス」を読むために、町の書店に文藝春秋を買いに行った。

あらすじも全く分からない状態で読み始めた。(以下、ネタバレ注意)

自転車のメッセンジャーのやや細かい描写から始まる。主人公は自転車が好きで、やりがいを持ってこの職に就いているのだなと思った。しかし、状況はいささか違う方向に進んでいく。ベンツの乱暴な運転で落車してしまう。その時、主人公はキレる「ふざけんなよ!」

この主人公はキレやすい性格をもっており、そのために職を転々としてきた過去が語られる。メッセンジャーの仕事もやりがいを持ってやっている訳ではない。

キレやすい非正規労働者の鬱々とした描写が続く。「毎日同じ日の繰り返しに、先が見えない生活」のいら立ちを事細かに描いている。また、先の見えない生活には「ゴール」も明確ではない。主人公は、そのキレやすい性格が災いし、刑務所に入ることになる。刑務所での生活は「毎日同じ日の繰り返し」が当たり前で、その先には退所という「ゴール」が明確に設定されている。主人公は、刑務所での生活では外の世界で感じたようないら立ちは軽減されているように見える。ラストは、少し光が差してきた感じで終わる。

やはり、今の時代の空気感が小説の中に常に漂っていて、面白かった。今の時代に読まなければ面白さは半減するような気がする。個人的にこの小説は「精緻な描写」、「衝動」が大きな柱になっていると感じた。書評の中にもいくつかあったが、私も中上健次の「岬」がふと頭によぎった(ただし重厚さは異なる)。比較する必要も、意味もない。今の小説として非常に面白かったです。


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