ハミングするように

言葉は本当に、言の葉なのだなと思うことがある。
なんだか自信がなくなってしまいそうな、そんなこと。ナンジャモンジャの木が生えている、通勤中の住宅街。すき。
古い友人と下北沢の公園で寝そべって、こぼしてしまう程度のすきについて話した。べちゃっとしたチャーハン。いいよね、わたしもすき。あ、雨の日に傘を買いに駆け込んだスーパーで花を一輪買ったことがあった。あの時のことがわたしはすきだな。わたしがわたしに優しくできた日。綺麗な雨。すきな人の自転車に撥ねられたいな、そのまま終わってしまいたい、とか思った。ああ、嫌いな俳優の出ている映画、いつの間にか、すきな映画になっていた。そんなふうに変わっていく。美味しいものをお腹いっぱいに食べることが、あまりすきでは無くなって、襟足だけが伸びている。今日は帰りに映画でも見ようかなとかそんなことを思っている。
お酒を飲むようになってから、中華料理がすきになった。20歳を過ぎてから、自然と痩せている時期が増えた。音楽の趣味も少しずつ変わっていった。盲目的な小さな世界の歌を、上手に聴けなくなってしまった。わたしが少し大きくなってしまったんだと思う。
一生懸命に身につけたやさしさが、切羽詰まる空気のことを受け入れられなくなってしまった。こんなことになるなら、心なんか持つんじゃなかった、と思ってもすぐ言い直せるよ。人でよかった、綺麗に生きていたいと思うの。もしかしたら、わたしって本当はいらないのかもしれないよ。一瞬ぐらっときた足元に、緊張してたあの帰り道のこととかね、思い出して恥ずかしくなってる。恋なら恋でよかったのに、そういうのもできなかった。知らないものに名前があるなんて不思議だったから、こんなに時間がかかってしまう。たまごサンドって美味しいよね、昔はあんまりすきじゃなかった。いまだに、サラダにフルーツが入ってるのとかはそんなにすきじゃあないな。
線路沿いの街をね、毎日歩いていると優しい気持ちになれるよ。踏切で踵をトントン鳴らしながら、今日はどんな人でいようか考える。気持ちがいいよね、早く起きてさ、花が咲いてばかりの道をいく。夢とかそんなね、大それたことを言いそうになるけどもっと、手の届くところの話なんだ、ほんとうは。あと何年生きてるのかも分からないこの体で、叶えられることは一個ずつ叶えていく。昔からきみは先のことばかりを考えて一人を選んでいたよねとカレー屋で言われて不思議だった。人のなかにわたしがふんわりと形を持っている。それがどんな形か分からなくて、怖かったり楽しかったりするけれど、小田急線はいいよね。駅の名前がひとつひとつ、誰かのいる町のような気がする。あったかいんだ、世界。
あったかいんだよ、世界が。身の丈に合わないから不安になるよね、潰れてしまいそうになる。とくんとくんなる心が、何かを知っているから、潰れてしまいそうになる。分け合いっこして食べようね、これあげるよ。夜になってから朝になるまで。ありがとう、世界があったかくてさ、わたしはもう消えてしまいそうだよ。

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