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詩集『青春』 作品32〜作品33

06 ナオミ06 立ち 

【作品32】約束の日

暗く長い日々の果てに
巡りあった異形のもの
柔らかくうごめく闇に
仮面を付けた顔を埋めて
ひとよ
折れた膝のこころが味わう
愛の屈辱をわたしも愛そう

強いられた日々の果てに
ある朝訪れた異形のものよ
あなたもわたしに聞くのか
街に住む全ての人間たちについて
彼らの犯した全ての罪について

そうだ わたしこそ人間の世界の
もっとも醜悪な部分につながるもののひとりだから
わたしの犯した裏切りの
半分はわたしの罪だ
残る半分は世界の罪だ

やがて訪れるべき如何なる日々のために
わたしの肉体は鍛えられたのか
足早に通り過ぎた場所の
交錯する光と陰のなかで
わたしのこころが手痛く傷ついたのなら
こころよ こころはもう
夕暮れの雑踏をさまよい歩くな

そして いまやわたしは
わたしとつながる人々の
誤って犯した罪の全てと
信じて行った行為の一切を
克明に記録し順番に羅列して
一冊の調書にまとめあげるべきであるのか

一九六九年 その年の
四月十五日 全国学生協議会新入生歓迎会
四月十七日 晴海闘争
四月二十日 全国反戦統一行動
四月二十一日 第一文学部委員総会
四月二十五日 学部投票
四月二十六日 第一文学部学生大会
四月二十八日 全学無期限バリケードストライキに突入

わたし自身は
この世界の構造と素材が
とてもいやでしかたがなかった
かれらとわたしとを密接につなぐ
華やかな仕草と柔らかな肉体とが
どうしても好きにはなれなかった

だから いま
もし かれらがわたしを呼びにきたら
街の喧噪とそこに住む人々の饒舌な欲望を避け
だれにも顔を合わせなくてすむ
薄暗い時間の流れのなかに
両手をあげて笑いながら沈んでいこう

待ちこがれた人よ
あなたのためにも
存らえた日々の果てに
もっとも深い哀しみに彩られた
ひとつの物語の終焉がやってきたから
わたしは
部屋の書架の片隅に
四つに折り畳んだまましまっておいた
故郷の所在を示す地図の
鬼面山と黒岩岳と八尺山と禿岳の
四つの三角点を直線で結んでつくった
いびつな形の四辺形のなかに
このまま顔を埋めて
わたしの世界に属するいっさいの意味を
いさぎよく切り捨ててしまおう

そして 異形のものよ
おまえたちが取り仕切る
最後の祭りの日のためにわたしが
なにかを為すべきであるのならば
わたしは愛するナイフと銃を持って
わたしの脳髄のなかに広がる
いびつな四辺形の箱庭に立ち 
背後に森を構える古い神社の境内で
いまや訣別の時を迎えたわたしたちの
青春の滅亡を甘んじて受け入れてもよい  

そのとき わたしは恐らく
これまで習い覚えたあらゆる
知識と論理をなげうって
全ての感覚と本能を肉体のなかから葬り去って
生命そのものでありうるだろう

だが 喜ぶべきその日の直前
わたしは知っているはずである
わたしの存在する場所と時間と
縦軸を意識に横軸を存在にすえた
わたしの座標が繰り広げる
厳粛な宇宙空間の原点で
角度を構えて閉じないわたしの精神の
ぱっくりと口を開けた深い亀裂と
焼けつくように激しい痛みを

わたしは
確かに知っているはずである

●一九七四年 ・月

…………………………

【作品33】手紙

手紙、読みました。
ぼくの方も毎日が忙しく、相変わらずです。すっかり、秋も終わりの気配立ちこめる東京です。
信濃平はもう、雪が降りましたか。もうじきに冬が来ますね。
あなたの苦しみについて書き記した手紙をくれたあなたに、ぼくは自分の置かれている場所について少し書いて、あなたからの手紙の返事にしたいと思う。
この頃、僕につきまとって離れぬ思い、いつも僕が考え続けていることは、たぶんもうじき自分の青春が終わるのではないか、ということです。この十月の九日に二十四歳になりました。昔、二十八歳で死ぬんだという妄想にとりつかれたことがあったのですが、いま、やっと、それが本当はどういう意味だったのか、分かったような気がするのです。
四年後、あと四年経てば、僕の青春は完全に終息するだろうと思うのです。いま、僕が必死で耐えている様々の生活の場面にまつわる意思とか、恋愛の記憶とか、職業の屈辱とか、遊技の虚しさとかの持つ若々しい意味と新鮮さとそれの直接的にともなう苦しみとが、やがて褪色し、霧散し、消滅していく、と思うのです。
みずからの意志によってではなく、ひとつの状況のなかに落としこめられた人間が、その状況を何も言わず、何年ものあいだ、ただただひたすら耐え続けていけるものなのかどうか、それをぼくは自分に課せられた罰としてあえて受け取りながら生きていこう、と思ったのでした。もちろん、課せられた罰とはそもそも存在していた自分の様々の苦しみのなかの、あなたに関係のあるひとつの事件に関わるものです。つまり、ぼくの心のなかには二年何ヶ月か前にみんなでこしらえあげたバリケードがまだ残っているのだと思うのです。構築された戦列はなぜ、あんなにもろく崩れていったのか。一連の経緯を思い返すと今も、心に忸怩たるものがありますが、少なくともぼくはあの頃、ぼくと関わって生きていた人たち、つきあっていた友人たち、それぞれに裏切りを繰り返して姿を消していった人々、大学の友人たちをひとりも許さないつもりです。少なくとも二十八歳の青春の終わりまでは。これはぼくにとっては、思想的な営為ではなく、そう信じなければ毎日を生きていけないような、なにか宗教的な倫理のようです。
こういうことは今まで誰にも言ったことがないのですが、ぼくは誰よりもまず、ぼく自身をけして許せないと思い続けて生きてきました。少なくとも、ぼくの精神のなかには、一部分だけですが、無期限バリケードストライキを続ける、孤塁を死守して運命に準じようとする孤独な戦闘者が息を潜めて隠れているようです。
それから、もうひとつ、ぼくが考えていることを言ってしまえば、本当は、この前の手紙に書いたように生活人に徹することであなたやぼくが救われるだろうなどと本気で考えていたわけではないのです。そんなものがぼくたちを救うことなど、永劫にありえないでしょう。あなたがぼくの世界のここのところまで足を踏み入れてしまったからあえて言うのですが、ぼくの精神のもっとも内奥に存在して、もっとも怜悧な意識が、「おまえたちは永遠に救われないだろう」と、ぼくに囁くのです。烙印を押されてしまった邪教の民のように。
だから、ぼくたちは、捻れた状況のなかで幻の王国に所属しながら、永遠の苦しみを苦しむ受難者たちのひとりだ。思想や教義、教養や生活の記憶がどんなに自分の心のなかに累積されていったとしてもその中で、ぼくたちが救済されることなど、けしてないだろう。この手痛い体験の痛みから解き放たれるためには、まずなによりも過去に戻っていく地図を手に入れることが肝要だが、そのためにはぼく自身の心が記憶喪失になるか、発狂するか、それ以外に方法はない。
二年何ヶ月か以前に、初夏の早稲田大学の文学部キャンパスで、本当に夜明けは近いのではあるまいかと考えたように、いま、ぼくは青春が終われば、もはや、永遠に夜明けの来ない夜がやってくるのではないか、と考え始めているのです。あるいは、この二つともが青春という微熱を帯びた一刹那の妄想と錯覚なのだろうか。
あなたとぼくは心の器のなかに同じような思いの水をたたえる、地理的な距離とは無関係な非常に近い隣人であると思う。友情とか、連帯とか、そういういまとなっては虚しくしか心に響かない言葉の輪からずり落ちそうになってしまったところに、ぼくやあなた、そして懐かしい幾人かの友人たちがいましたね。たぶん、みんな、別々に生活し、あの頃の傷をいまも引きずりながら、別々に生活し、あの頃の傷を治らないままに引きずりながら、別々に苦しんでいる。
こんなふうに映画評論家のように自分たちのことを語ろうとすると、ぼくはいつも口ごもるのです。ぼくは、いつもあなたに役に立たないことばかり、言っているね。学生時代と同じに。
ぼくたちが互いに、自分たちの傷口を見せあってもしかたがないと思う。あなたはあなたひとりの苦しみを、ぼくはぼく一人にしか分からない苦しみをくるしんで生きていくべきだ。それが、ぼくたちが選んだ共通の人生だったのだと思う。
山深い谷間の共同体は、あなたにとっては住み心地の良いところなのですか。それとも、あなたのいろいろな思いを閉じこめた受苦の場所なのですか。古い農家の一角の狭い部屋で、なにかにじっと耐えているのかも知れないあなたのたたずまいがとてもいじらしく思われます。その時、あなたが苦しんでいるのだとしたら、どうしよう。
ぼくたちが、他の世代や他の階層の人たちに誇れるなにかがあったのだとしたら、それはなによりもまず、権力の意向や伝統の規制、血縁の紐帯などに反逆して、自分たちの意志で自分の思ったとおりに行動しようとしたことでしょう。
この先に、ぼくは自分にどんな変容を施し、どう現実のなかで変形していくか、分かりませんが、この先も、傷つくのを恐れず、自分の思ったとおりに生きていこうと思っていることだけは、変わりません。錆びついて、ボロボロになるのは構わないが、ボロボロになった後で違う人生を選びたかったと思うような敗北をするのだけは止めようと思っています。
むしろ、自分に言い聞かせるように、あなたの未来の日々の愛と苦しみの豊かであることを祈っております。お元気にてお過ごしください。

●一九七一年 十一月

詩集『青春』の作品羅列はここまで。大学を卒業して、社会人になりながら、なかなか大人になりきれない、逆に、成熟を拒否して、青臭いままで生きようとする自分がいた。考えてみると、それは、そういう考え方が許される、自由な生き方をさせてもらえる職場に勤めることが出来ていた、ということだったと思う。その、生き方の延長線上にいまの自分が存在している。

詩集にはこの後、解説と補遺がある。それはあらためて。今日はここまで。

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