見出し画像

#33 あの部屋

Each room, shut windows and blind, the new sun blinks to whole of them. I'm watching them carefully, deep down, deep down to the bottom of its darkness. Then, I suddenly wake up to the truth―the truth at which I can't look the blue, vivid blue sky from this room.

  H大学の学生研究室の早朝の空気。それは例外なく前夜のものを引きずっている。物憂げに、静かに。空が青い日はより陰惨なもので、部屋に居ることが美しい外の空気との対比のようにも思えることがある。ぼくは卒業論文なる紙ごみを書きあげようと躍起になっている。そしてそれが故に一日中(それは比喩ではなく)部屋にいる。後輩たちからは驚嘆とも呆れともつかない視線をいつも頂いている。けれど、優しい彼ら彼女らは、僕を空気や石像のように扱うことなく、話しかけてくれたりする。それは地獄の犍陀多に降りてくる清浄な蜘蛛の糸のような、一筋の救済である。

 大学の生活というのは難しい。高度になり、広範になり、深くなる。高校では知識を習ったが、大学では知識は前提だ。その上で、自分の内の興味関心、適正みたいなものを見極めて、選択しなくてはいけない。勉強の仕方も考えなければいけない。独りで暮らさなければいけない。それだけの生活の知恵も要る。もちろん話せる友達も欲しい。恋人だって、セックスも必要かもしれない。ここでは、個人としての人生のその根幹を、築かなければいけない。言いかえれば、自分の生きてゆく「型」みたいなものをぼんやりとつくる過程みたいなもの。どんな生き方がある?じぶんはどんな人間になる?

 もうすぐH大学を卒業する自分は、上に書いたようなことを云っておきながら、一人で、このうらぶれた部屋から文章を書いている。けれど、なんとなく自分の位置はここだと見出している。本に触れ、狭い部屋に出入りする優しい人たちとかかわって、外の世界を夢に見るという、にぎやかな孤独。それは安い孤独かもしれない、けれど僕はけっこう満足している。

 人の体細胞が数年かけて全て入れ替わるように、僕が幾星霜過ごしたこの部屋も、数年で見知らぬ人々が闊歩する空間になる。そのようにして、世界から「自分」が消えていく。それに頑なに抗うように、わざわざこの「部屋」からぼくは文章を書くのかもしれない。小学校の机に刻み付けた消えない傷跡のように、電子の幽かな、それでいて確かな痕跡が、このいとしい部屋に滲んでゆけと願いながら。