故郷にて

 故郷と云えば、なぜか山々の稜線に沈む夕日、照り映える小川の流れを思い出す(そんな記憶なんてないのに)。けれどもそれはたぶん唱歌「ふるさと」の世界観で、実際ぼくの故郷は喧噪と隣り合わせのごく普通の住宅地だ。大学の五年間を終えここに帰ってきて、けっこう変わってるところが多くて驚いたりしている。きょうは母校の小学校の前を歩いていると、なんと25mプールが更地になっているではないか。すべての学校から水泳が消えた世界を空想して、愉快な気もちになる。そして自分が泳げなくて劣等感に苛まれていた小学生のころを思い出す。スイミングスクールでは、5年ほど下の幼児たちと同じクラスになったりしていたこともあったなあ(情けない)

 図書館に行く。ぼくの背はあの頃より高く、一番上の本棚にまで手が届くようになっている。自動貸出機という代物が鎮座ましましている。

 新しくできたちいさな本屋さんは、なぜか古事記と日本書紀と萬葉集を店頭に大きく掲げている。うん、温故知新だよなあ、とおもう。

 近所の個人商店が居酒屋に変わっていた。小学校から帰るときはよく店主のおじさんにお菓子を貰ったっけ。


 変わってゆく街の細部と、家族と、友人たちと。それらすべてが少しずついとおしくなって、なぜか少し息苦しい、そういう場所。そういう場所で、「自分」をもう一度見つめ直す。何を得て変わったのか、何を失ったのか。増えたのは本の冊数と知識と少しの体重だけではないと、証明しなければならないような、気がしている。