対峙
抽象論は時として、その範疇を大きく超えた具体性を持って身に迫ってくる。工場の煙のような灰色の空から見えない無数の水滴が降り、パチンコ屋の前を通る中年の男が理由なくぼくを睨みつける。もしかしたら理由があるのかもしれない。若い女性が、広場でタバコをふかしている。空、というかどこでもない空間を見上げながら、ふぅーっ、と煙を打ち上げる。彼女の意識は煙のようにぼんやりとしていた。雨はすべての人々と建物を音もなく打ち付けている。彼女はまだ、見ることをやめない。
ぼくは、日頃から感じていた、難しさ、というか生きることをゆったりと締め付け、窒息させてくるようなゆるやかな絶望をそうした具体性の中に見ている。見えない雨は降り続けている。この街に朝は来ないと確信している。