変化(ジャッジする)②
ジャッジする
一時期、すごく頻繁にこの「ジャッジする」という言葉が目に止まり、耳に残った。
「ジャッジする」のをやめましょう。苦しかったり、つらかったりするとき、「ジャッジしている」部分を取り除きましょう。
最初はいまいちピンと来なかったけど、少しずつ、あぁこの部分がジャッジの部分かーと感じられるようになってきた。
知らず知らずのうちに、起きた出来事に、何かしらつけ加えて考えてしまってる。しかも、その多くが非難めいたものになってしまっているんだと思う。さらに感情まで追加される。
英語のjudge
カタカナで「ジャッジする」と言うのは、英語では含まれる何かが、日本語に翻訳しづらいところがあるのだと思う。
動詞のjudgeは、後ろに目的語だけが来ると「審理する、判決する、批判する」と訳せる。
十数年前に、夫とアメリカのドラマを見ていて、やたら「Don't you judge me!!」というセリフが出てきた。日本語字幕なしで見てたから、はっきり意味がわからなかった。「私のことをジャッジしないで!」と。ただ、やたら耳に残った。
そのシーンの雰囲気だけで理解すると、「勝手に決めつけて非難しないで!」と言ってるように聞こえた。「私のことは私が決めるからいいの!」と言ってるようにも聞こえた。
私の心の動き
自転車が速いスピードで目の前を横切っていった、という事実に、危ない運転だ、けしからん、と非難したくなる。
危ない運転だ!というのは、私がした判断であって、自転車に乗ってる人が危ないと思っていないのであれば、彼にとっては危ない運転ではない。何か事故が起きて初めて、危ない運転だったと気づくことになるかもしれない。
あんな危ない運転をするなんて、けしからん!から、さらに、腹が立つ!!まで、まとめて一気に私の頭と体の中で反応が起きる。びっくりして速くなった心拍に輪をかけるように、怒りを感じたまま、しばらくプンプンしてしまう。
すべてがわりと一瞬で起こるので、切れ目がわかりにくいんだけれど。
でも、あ、怒る必要なんてないんだった、と切り離すことができるようになったのかもしれない。
そうやって以前よりも早く、怒りを切り離してご機嫌でいる時間が増えたような気がする。
これを繰り返してるうちに、嫌な気分から早く離脱できるようになりそうな、そんな予感がふんわり、あたたかい。
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