小説「いらっしゃい」③

大昔は、まだ妹夫婦の子供が10歳だった頃は、親戚がわざわざうちにご飯を食べに来たりしていた。子供がいない、私たち夫婦は妹の子供を我が子のように可愛がっていた。
「おばさーん!」
その可愛らしい声が定食屋に響き渡る。その光景こそ、まさに幸せというものだったのかもしれない。毎年、ゴールデンウィーク、お盆、お正月、年によっては春先の3連休、秋の3連休に妹家族はうちに来ていた。

だけど、姪っ子が大きくなるに伴い、うちに遊びに来る数が減り、姪が高校を卒業する頃にはうちに全く来なくなっていた。妹が旦那を連れて来ることはあるが、姪と会うことはなくなった。部活や勉強が忙しいのか、うちに来るよりも楽しい何かがあるのか、私があの子の年齢くらいの時を思い出すと、うちに来るよりも楽しい何かがあるんだろうな、と思い、寂しくなる。

そんな姪と久しぶりに会うことができたのは、私の旦那の葬式の時だった。2年ぶりに会う姪は、すっかり大学生になっており、綺麗で、少しだけよそよそしかった。

「この度はご愁傷様でした」

まさか、涎垂らして店内を走っていた、爪楊枝を食べかけて大騒ぎの中心になった、あの姪からそんな言葉が出てくると思わなかった。

でも、今目の前にいるこの子は、涎垂らして店内を走ったりもしないし、爪楊枝を食べたりもしない。あの頃のあの子ではない。それは、確かなる成長ではあるけども…。今では当たり前になった、携帯をいつも握っている。友達とメールをしているのだろうか。少しだけの悔しさもありながら、私は姪の成長を噛み締める。今ここに、大学生が何十人並んだとして、私はそこから姪を見つけ出すことができるだろうか。

「大学はどう?」
「うん。楽しいです」

葬式は明後日だ。喪主は忙しい。悲しみに暮れる暇すらもない。私は何もかも忘れ、文化祭の成功を祈るような、ある種そんな気持ちで、無事に葬式が終わりますように、と思っていた。そんな時、姪が私に言ってきた。

「弔辞を読ませて欲しいんですけど」
「あ、そう…。分かったわ。頼むわ」

意外な申し出。弔辞を頼む手間が省けたとすら、思ってしまう。姪が旦那の弔辞を読む。そんなに思い入れがあったのだろうかと、記憶を飛び回ってみたが、お目当てのものは見つからずに、すぐに飛行を停止する。

葬式当日。18年を共に過ごした旦那の葬式とは思えないほどに、私の中で、それは終わっていく。安心感が私の体を支配していく中、姪の声が響く。

「亮一おじさん、お久しぶりです。私は高校を卒業し、大学生になりました。もう何年も前になりますが、おじさんのお店を訪れていた時のことを思い出しました。ある日、舌の幼かった私は、魚じゃなくてお肉食べたい、と駄々をこねてしまいました。当時、おじさんのお店は魚料理がほとんどでしたね。その場でおじさんは何も言わずに、次私がお店に行くと、肉料理のメニューが増えていました」

姪が読み上げる文章の中にいた旦那はまさしく、私が愛した旦那の姿だ。そして、喋っているのは、あの時の姪だ。

「普段は寡黙なおじさんの中にある、優しさに触れることができて、嬉しかったのを今でも覚えています。それと…」

みんなで楽しかった時がふと脳裏に浮かび、急激に涙が込み上げてくる。忙しさの中に忘れていた感情を、姪が思い出させてくれた。ありがとう。

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