小説「メシ食って寝たい」①

所詮自分になど運命の決定的な瞬間なんか回ってこないだろうと。ヤバい、何か起こりそう、ワクワクさせてくれる何かが起こりそうだ、そういう感覚は、ある程度お酒が好きで、友人同士でいるのに携帯を見ていて、大学の講義なんかろくに聞いてなかったくせに卒業する時に一丁前に哲学作ってる奴らの特権だと思う。それな、と、分かる、しか語彙がないくせに、この世に蔓延る楽しいことは享受してやがるんだ。もし、僕の人生が水面下で動こうとしていても、僕はそれに気づくことは出来ずに、結局、何も変わらず、雲を掴むように何かに言いがかりをつけているんだろう。何歳まで…?そんなことを何歳まで続ければ気が済むんだ。お前には感謝しかないけど、悪いけど俺は、運命の決定的な瞬間を迎えに行くからな。

yuki
柴田くんごめん!ちょっと体調崩しちゃって、明日の約束行けそうにありません!本当にごめん🙏

はじめからそうなるだろうと、いやーな予測だが、自分への予防線のために、それは張っておくしかなかったのだ。そうしなければ、もしあのご飯の約束が達成されなかった時に受けるダメージで僕の身体の半分はイカれてしまうだろう、というのは容易に想像できた。案の定、僕は今、世界が破滅しないなら生きておこうか、まぁでも世界が破滅するならそれはそれで良いよ、というぐらいには傷心してある。

なんでそんなに自信ないの?と言われるが、そりゃそうだ。僕は、バイトで少し仲良くなった彼女と2人でご飯に行く約束を取り付けることに成功した。いや、そんなこと言ったって、きっと恋愛の手練れみたいな、胡散臭い肩書きの人間から見れば、ミスをしまくっていることだろう。舞い上がったのも束の間だ。なんで彼女は僕なんかとご飯に行ってくれるんだ?あーそっか、断れなかったんだ、よくよく考えたら無理にお願いしてるなぁ、これは僕が良くないな、あー粛々と運命は受け入れよう、ドタキャンされて深く深く傷つくか、ご飯に行ったはいいけど、話が弾まなすぎて、その気まずさをこの双肩に担い、一生こんなことがないよう、誓うという2択しか道はなさそうだ。

一度この思考の迷路をグルグルしといて良かった。今改めて、あの悪寒を伴うメッセージを見てみると、初めて見る文章に関わらず、どこか既視感すら覚えた。これを機に、連絡を取らずに済むならそれはそれで気が楽じゃないか、と言い聞かせる。そして、そのまま駅員さんに伝える。

「すいません。改札間違えてしまいました」

今日は、2時間くらい歩いて帰ろう。明日のためにと買った、この衣料量販店の紙袋がこの上なく邪魔だ。

女性経験が全くない訳ではない。でも、誰も彼もみんな僕を追い抜いていった。あるいは、突き放していった。大学生なんぞは恋人の有無、経験人数の寡多である程度の立ち位置が決まってしまう。いや、もしかしたら社会人でも同じなのかもしれない。社会人なんぞもそんな、下らぬ価値観で測られているのかもしれぬ。僕が恋人の有無や経験人数の寡多を「下らない」と言ってしまうのは、その物差しから疎外されている、と感じているからだろう。中学生の時、初めて付き合った同級生の女の子と夏休みにデートに行く約束をした。2人で。しかし、直前でドタキャンされた。理由なんかは覚えてない。きっと、体調不良とかだろう。僕は大学の授業じゃないんだ。そんなに多用されても困る。そして、夏休みの終わりに2人で行くはずだった地元の祭りはいつの間にか大勢で行くことになっていた。僕の濃度が薄まれば良い、というところだよね。

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