見出し画像

読書記録:志賀直哉『和解』

素朴な話だが、まっすぐに感情が伝わってくるところがあって、読んでいて何だか泣きそうになった。

志賀直哉という人は、自分の感情にとても誠実な人なのだと思った。

自分自身への誠実さは、作家にとって最も重要な資質の一つである。

志賀のこの誠実さは、たとえば、以下のような描写に明確に表れている。順吉が父との和解に臨む前に、母から自分が悪かったと父に謝るように懇願される場面である。

然し、それは感情が其所まで行っていないで、只眼をつぶってお詫する事は僕には出来ません。今の僕がお母さんの仰有るようにお父さんの前へ出て只お詫するのは、兎も角広い堀を一つ飛び越さなければなりませんものね。そして仮りに飛び越してお詫をした所で、お父さんだってその堀には気がおつきになるから、形式ではお詫が出来たようでも、それは結果からいって実際何にもなりはしますまい。

志賀直哉『和解』新潮文庫 p120

志賀のこうした信念は物を書く際の基本的な姿勢でもあったらしい。

父との不和を書こうとすると殊にこの困難を余計に感じた。・・・それを書く事で父に対する私怨を晴すような事は仕たくないという考が筆の進みを中々に邪魔をした。ところが実際は私怨を含んでいる自分が自分の中にあったのである。

志賀直哉『和解』新潮文庫 p21

こうした自分のなかの感情をごまかさずに、まっすぐ向き合うこと。

このことが志賀の筆を遅らせ、しばしば執筆を挫折させるが、その挫折を乗り越えた先の志賀の表現はそれだけに一層真に迫ったものとして読者に届けられることになる。

書くべき材料に「心がシッカリと抱き付く」ことができた時こそが、作品を書くべき時なのだと志賀は言う。

実際、この作品は、志賀直哉が父親と和解をした直後に、かつてないペースで書かれたものだということだ。

一方、この時代は、自らの感情をそのまま表現することが躊躇われる時代でもあった(特に家族関係においてはそうだろう)ことが、同時にこの作品の以下の表現から読み取ることができる。

祖母には気持はあっても或る感情は露わせない性質があった。

志賀直哉『和解』新潮文庫 p128

皆には只その胸に通い合う和らいだ嬉しい感情があるだけで誰もそれを口には出せなかった。それは気持のいい事だった。

志賀直哉『和解』新潮文庫 p128

父は、
「ああ」と云って少し首を下げたが、それだけでは自分は何だか足りなかった。自分は顰め面とも泣き面ともつかぬ妙な表情をしながら尚父の眼を見た。すると突然父の眼には或る表情が現れた。それが自分の求めているものだった。

志賀直哉『和解』新潮文庫 p136

ここには、言葉にして想いを伝えることへの当時の人々の不器用さもあれば、言葉にしなくとも心が通じ合っているという感じを暗黙に共有することの喜びもある。

しかし、いずれにしても、このような時代において志賀が自らの感情を率直に表現しえたことは、当時の読者に新しい内面の経験を提供したことだろう。

個人の内面という領域が公的な光に照らされることによって、検討可能なものになり、かつ、共感可能なものとして丁寧に扱われることになったであろうことが推察されるからである。

今の時代の読者にはこのことの価値は理解しにくいところがあるが、これはきっと近代文学がもたらした画期的な出来事だったに違いない。

人々の素朴な感情に言葉を与えて、その人生を慈しむこと。

もしかしたらそれは、虚飾の言葉であふれた今の時代に今一度必要とされることなのかもしれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?