同性愛 時々 異性愛 ~6話~

 病院へ行く日の朝、莉子は目覚めるとマコの人格を持っていた。今日は病院に行くんだよね? とマコは私に確認し、私がうなずくと颯爽と起き上がり朝ごはんを作り始めていた。マコの人格ならばあまり手を煩わせずに病院に連れていけると私は安心したのだが、それも束の間のことであった。

 朝食を食べている途中莉子の人格がリンに変わり、リンは口を開くなり食事の文句や私に対して言いがかりをつけてきた。

「なにこれ。こんな質素な朝食嫌なんだけど。」

 そう言ってリンは箸を机に投げ、腕を組んでいた。

「これはリンが作ってくれたご飯だよ?」

 私は机の上に並べられた目玉焼きと焼き魚と白米を見て行った。

「は? 私がこんなクオリティーの低いもの作るわけがないでしょ。大体、なんで余命わずかの私にこんな質素な物食べさせるわけ?」

 リンの態度は世間一般の視点から見ても稀に見る横暴さだった。

「こんな物じゃ我慢できないから、なんか買ってきて。」

 自分の余命を盾にして私に我儘な要望を伝えるリン。例え莉子の見た目をしていたとしても、私はこの態度を簡単に容認することはできなかった。有給まで取り莉子の身を案じている私にその態度は何なんだ? と道徳心の欠けた心情を抱いてしまったことを隠しきれる自信は私にはなかった。

「買いに行くほど時間に余裕がないよ。今日はこれから病院に行くんだから」

 自分の意見が通らなかったことでリンはあからさまに不機嫌になった。目を細め顎を上げ、私を威嚇しているようだった。思わず対抗しそうになるが、私はあえて笑顔を浮かべた。

「とにかく食べて。病院が終わったらどこか美味しいものを食べに行こう。」

 私は自分の怒りを抑えて、なるべくリンの機嫌を損ねないように言った。

「まぁ、そこまで言うならいいけど。」

 リンはもう一度箸を手に取って不貞腐れた様子で食事を始めた。文句があるのなら食べなければいい、と言って今すぐ卓袱台をひっくり返したくなる衝動に駆られる。莉子の見た目をしていなかったら確実にぶん殴っていただろう。

 一昨日の莉子の人格を受け入れると言う決意は、いとも簡単にリンによって台無しになった。私は確実にリンのことが嫌いで、私たちの間に愛はなかった。それでも私は莉子と生きるために今は、リンを受け入れなければいけない。きっとそのうち病気がよくなってリンにも会わなくなる。そんな期待を胸に私は目の前に居る横暴な女を、平常心を保ったまま黙認すること成功した。莉子を手に入れるために削った身だと思えば、今のところはこの生活に耐えられそうだった。

 食事を終えて私たちはタクシーで病院まで向かった。タクシーの中でもリンはぶつくさと文句を言っていたが、私はその文句をいちいち拾うことなく黙って時を過ごしていた。リンのひねくれた態度は、歳を重ねるごとに横暴になっていく善悪の判断もつかなくなった老人の様であった。

 リンの口数は減ることがないまま私たちは病院に着いたが、私たちの診察の順番が来た時、運悪く私のことを同居人としか思っていないサチが現れた。

 驚くほどの異端児であったサチは悪態をつき医者の前で暴言暴力を繰り広げ、多数の人間に取り押さえられて今は隣の病室に隔離されている。精神を落ち着かせる薬を飲まされ、眠っているらしい。

 これから診察をしてくれる医者に対する態度やその態度によって付けられた莉子への悪評のせいで、今すぐにでも帰って一人になりたいほど私は疲労していた。医者や看護師から発せられる疲労感により、私はうまく呼吸ができなかった。自分の存在がこの場に居るべきではないと体が騒いでいる。しかし私は医者の診断結果を聞くためにこの場に留まった。
 

「清水さんは解離性障害という病気です。」

  医者からの診断は予想通りと言えた。ここに来る前にネットで調べていた情報から解離性障害というのは把握済みで、きっとそうなんだろうと思っていた。

「それは、一人の人間の中に人格が増える病気ということでしょうか?」
「まぁ簡単に言えばそういうことです。清水さんは今アイデンティティをまとめる能力が一時的に失われた状態、ということになります。」

 一時的、という部分にかすかに希望の光が過ったように思えたが、それは気のせいだ。またすぐにその一時的は訪れる。一時的が断続的に起これば、それは遠目で見れば長期的だ。永遠とも言えるかもしれない。

「その解離性障害は治るのでしょうか?」

 かすかな希望でもいいから与えてくれと懇願するかのように私は医者に聞いた。

「分かりません。」

 ここでもし医者が、治るように努めますとか希望はありますとか私を安心させるような言葉を口にすれば、私はどれだけ救われただろうか。けれど相手は堅物な医者だ。医学的に確実に治る根拠がなければ分かりません、ただそう一言で済ます。その医者が男であったので、私は尚更患者の心中を察しないその言葉に苛立ちを覚えた。男というのは共感することや人の気持ちを理解する能力にかけているのだな、と偏見に満ちた眼差しを医者に向けていた。

「そうですか。」

 私は病院を変えてしまおうかなと思った。なんだかこの病院の雰囲気は暗いし、この医者もどことなく不潔だ。救いを求めてやって来た私に対する医者の態度は、極悪非道のように私の目には映った。

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