同性愛 時々 異性愛 ~14話~


 次の日、私の目が覚めたのはお昼過ぎだった。二日酔いで頭が痛く、体調は最悪だった。横を見ると莉子の姿はない。ズキズキと痛む頭で必死に昨日の出来事を思い出した。今日は一体誰なんだろう。隣に居ないことからするにメグではないことは確かだった。

 寝室を出て廊下を歩くと、昨日私がマコに浴びせた非道な言動を思い出した。最低だったと自分の発言を顧みると同時に謝罪せねばと思い、莉子の姿を探した。しかしリビングに行くが、やはり莉子の姿はない。もしかして今日は莉子の人格で、仕事に行ったのかもしれないな、そう自分に言い聞かせながらも罪悪感から不安が生まれ、私は急いでスマホを見るが莉子から連絡は来ていなかった。

 だとすると残るはサチだな、と私はGPS機能で莉子の居場所を探した。しかし不思議なことに莉子の居場所はこの家ということになっている。それにも関わらず台所にもトイレにもお風呂にも莉子の姿はなかった。不安がだんだん大きく膨らんでいった。

 もう一度リビングを見渡すと小物入れに莉子のスマホが置いてあるのに目が留まった。心配性である莉子がスマホを置いて行動することはありえない。
――まさか、昨日のことで莉子は家を出て行ってしまったのか?

 私は急いで家を飛び出して心当たりを探し回った。スマホにGPS機能がつけられているかもしれない、とマコなら考えるだろう。私は昨日の自分の発言を必死に思い出した。記憶はまちまちだが私は確実にマコを傷つけた。もうこうやって探し回る資格すらないかもしれない。

 でも私は足を止めなかった。よく行くスーパーやコンビニ、バーやショッピングモールなどくまなく探すが、手掛かりがなさすぎて見つかる気配がなかった。私は本郷に連絡をし一緒に莉子を探してもらった。手掛かりの莉子の写真を本郷に渡し二手に分かれたが、やはり一向に見つかる気配はなく夜が来た。

「ごめん、見つけられなかった。」
「ううん、こんな広範囲で少ない手掛かりじゃ見つけられた方が奇跡だよ。」

 私はとある公園のベンチに腰掛け額に手を置いた。

「昨日喧嘩でもしたのか?」

 本郷は私の隣に腰かけ私をじっと見ていた。どうやら本郷は自分がプロポーズしたことに、少しばかり罪悪感を抱いているらしかった。

「昨日出ていた莉子の人格に対して酷いことを言った。」
「そうか。」

 腕を組み鼻から息を吐いた本郷は宙を仰いだ。私への励ましの言葉を探しているらしい。私は本郷に笑顔を向けてその気遣いは無用だよ、と伝えた。どうやら本郷は女の子を安心させることを悠々と言える、口の達者な男ではないらしい。

「もう夜も遅いし、一度帰ろうか? それとも警察に連絡する?」

 本郷は自分の腕時計を見たのちにそう言った。

「こんな短時間の失踪じゃ警察は動いてくれないよ。」

 私は来るはずもない莉子からの連絡を待ち、LINEのトーク画面をぼーっと見ていた。未だに莉子のスマホの居場所は莉子の家だし、莉子がどこにいるのか分からない。

「でもさ。」

 本郷は腕を組むのをやめて手を自分のポケットに移動させた。

「これが東の彼女が出した答えなんじゃないのか。」

 綺麗ごとを言わない本郷の言葉は確かに正論だが、今の私の心には必要以上に刺さる言葉だった。シュンとする私を見て言い過ぎたと察知した本郷は、フォローしようと何かをぶつぶつ言っていた。言葉というのは刃の様だ。たった一言でも心に深い傷を負わせる。正論を言う本郷を責める気にはならないが、デリカシーがないなとは感じてしまう。自分のマコへの昨日の発言を棚に上げて、私はそんなことを考えていた。

「もし今人格が変わっていたら一人で混乱しているかもしれない。とにかく一回家に帰って帰りを待とう。」

 本郷は私の肩を優しく叩いた。心配は尽きずただ後悔の念が渦を巻いて、私の傷だらけの体に塩を塗りたくっていた。泣くほど痛みは私に苦しみを与え続ける。

「やっぱり施設とか入院とかしたほうがいいのかな……。」

 恋人を他人に預けるなんて以前は考えもしなかった。けれど自分は恋人を守り切れることが出来なかった、という自責の念が本郷の言葉の正しさを痛感させていた。

「専門的な知識のある人に委ねるのが一番だろう。」

 心に空いた穴に冷たい風が吹きつけて、虫歯に風を当てるような痛みが全身に走る。
 私は立ちあがり歩き出した。

「送ってくよ。」
 

 そう言って本郷は私の隣を歩き出した。

 ネオンのホテル街を歩く私たちは、きっと周りからは恋人関係のように見えているのだろう。でも私たちは、恋人でもなければ体の関係もない。私が同性愛者であることは一般的じゃないし、好きな人に性行為を求めない本郷もきっと一般的じゃない。一般的じゃ無い者同士で、私たちは相性がいいのだろう。

 私は莉子が解離性障害になった時、莉子の変化する人格全てを愛さなければ私の愛は本物ではないと思っていた。でも今は本物の愛って何なんだ、と思う。愛を自覚した時点で本物も偽物もあるのか? 愛は愛だ。

 そして妥協も許容も確実に違うのに、混同しがちだ。私は莉子を愛して莉子の中の人格を許容できれば良かったのに、なぜか今は本郷で妥協しようと心が傾いている。妥協は楽だ。一方許容には限界がある。でもマコの言葉を聞いたとき、私の中には確実にマコを離したくないと思う情が生まれていた。それは許容なんかじゃなく、肯定だったはずだ。

 けれど、そもそも他人を許容するとかその人で妥協するとか、そんなことを考えている時点で私の人間性はだいぶ欠落していないか?
 自分の中で自分の気持ちの整理がつかなくなっていた。
 今までの私は男を嫌い、男に従う人生なんてまっぴらだと思っていたのに。今はもう、誰が自分の人生にどう影響を与えるかなんてどうでもよくなった。莉子を愛していた自分を忘れ、おまけに同性愛者として懸命に生きようと努力していた頃の活力は、もう私にはない。自分のポリシーとも言える信念を全て無くしてしまったかのような挫折感があった。

 愛も恋も、許容も妥協も疑いを持ち始めた時点でThe end。私たちの関係はとっくに終わっていたのかもしれない。でも私は未だに莉子を恋しいと思っている。できることなら莉子を取り戻して一緒に生きたい。執着もここまでくると気持ちの悪いものだ。自分に嫌気がさしてくる。

「あれ?」

 本郷は突然声を上げた。

「どうしたの?」

 本郷は気まずい顔を浮かべて私を見た。
 そしてそのまま何も言わず一点をただ見ていた。
 私は本郷の目線の先を見た。

 するとそこはホテルの前で、男の集団の中に一人だけ女がいた。その女の正体を私は一瞬わからぬふりをして目をそらした。

 ドックン、と生々しい心臓の音が体中に響く。生唾を飲んで絶対に違う、と言い聞かせた。しかし聞こえてくる声でその正体は、嫌なほどにわかってしまう。現実から目をそらしたい逃避の欲を生唾と一緒に飲み込んで、私は恐る恐るその集団の女に目を向けた。今にも服を脱ぎだしそうな性欲に塗れた集団に囲まれて、恍惚な笑みを浮かべているのは紛れもなく、莉子であった。

――嗚呼、ダメだ。

 私はその場に座り込んだ。
 愛もクソもない。許容? ふざけるのもいい加減にしろ。自分の恋人がほかの人間に裸を晒し、自分の局部を触らせ交わりあうことをどうやって許容すれば良いのだ?

 愛も恋も思い出も、そんなものあの恍惚な笑みを見れば一瞬で捨てられるわ。

「ふふふふふ。」

 私はおかしくって笑いが抑えられなかった。

 所詮、過去は忘れていくものよ。今のサチは私のことなど頭の片隅にもない。いくら願っても戻ってこない過去は美しい。当たり前だ、苦しい今は良かった過去しか思い出せないんだもの。

 忘れてしまおう、全て。私の愛する莉子はもう死んでしまったのだ。実際この後サチは天国にイクのだろう。

「東、大丈夫か?」

 私を心配して本郷はしゃがんで私の顔を覗き込んだ。私は本郷に思いっきり抱き着いた。

「結婚しよう。」

 そう言って本郷を離すと、本郷は嬉しそうに微笑みながらも、若干躊躇して私の両腕を掴んだ。

「私、大阪に行くの。新婚旅行は京都に行って、大きな旅館でいっぱいセックスしよう、子供作って幸せになろう?」

 私が軽蔑していた一般的な幸せは、テンプレートの様で私の歩みたかった道への当て付けのように実行しやすい。
 だからみんな通る道なのかな。

「ちょっと、東。」
「もう東じゃないよ! 本郷だよ!」

 うふふふ、と笑った私。
 でも涙が止まらない。
 それを拭ってくれる優しい私の旦那さん。きっと子供が出来て悪阻が酷くてイライラして怒っても、子供のことで喧嘩しても、作ったご飯が美味しくなくても、余命が半年になっても、ほかの女とセックスしてもこの人は私を見捨てないんだろうなぁ。

――嗚呼、こんな人生になるなんて、夢にも思わなかった。

 涙雨に降られて、サチたちはホテルに駆け込んでいた。私の悲しみの涙によって恋人が遠く去って行く。なんて滑稽な皮肉だろう。


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