同性愛 時々 異性愛 ~2話~

 莉子と私が付き合って3か月ぐらい経ったある日、私たちは街でデートをしているととある男二人組にナンパをされた。私の容姿はいい方なので男の人から声をかけられることがよくあったため、このような状況に陥ることには慣れていた。

 私は男という生物が嫌いだった。支配欲出世欲を執念深く持ち続け、性欲に駆られると金魚の糞のごとく女に引っ付いて歩く男が、気持ち悪くて仕方がない。

 昔は私も男と恋愛したことがあったが、今となっては消し去りたい過去だ。男と付き合い性行為をするなんて屈辱の以外の何物でもない。

 私は声をかけてきた男どもを慣れた様子で追い払ったが、しかし始終莉子は口を噤んで男と目を合わせないようにして、私の背後に隠れていた。他人に愛想よく振舞う莉子しか私は知らなかったため、そんな風に怯えている莉子に驚いた。何故あんなに怯えた態度をとっていたのかとその後聞いたときに、莉子から自分は実の父親から虐待を受けていたのだと告げられた。

 その時私がどんなことを言ってどう立ち振る舞ったかは覚えていないが、今のメグと男の前の莉子の様子は似ている気がした。けれど莉子は自分の好きなことに対しては積極的だし、こんなにも弱々しくない。

 同じ経験をして似たようなトラウマがあったとしても、二人の性格は全く違うようだった。

「何歳?」
「14歳。」

 莉子の歳を2で割った歳を答えるメグ。メグの様子は思春期を迎えた中学生だと言われてみれば確かにそんな気がしてくる。

「中学校は行っているの?」

 メグは首を横に振った。

「男の子が怖くて行ってないの。」

 やはり男性恐怖症であるメグを見ていると、実際に見たことはないが莉子の幼い時を見ている感覚に陥る。

 莉子は14歳まで父親から虐待を受けており、その後親戚に引き取られた。叔母の教育のおかげで今では普通の男性ならばある程度のコミュニケーションは取れるほどにはなっているが、莉子は以前今以上に男性を怖がっていた時期があったという。そんな話を聞いていたからこそ、尚更莉子の昔とメグを重ねて見てしまうのだろう。

 初めて莉子から過去を明かされた時、私は莉子の過去に行って暴力を振るわれ傷ついた彼女を強く抱きしめたいと思った。しかしそれは叶わず、虐待に耐え抜き成長を遂げた彼女しか目の前にはいないはずだった。しかし今目の前にいるメグは、まるで虐待された苦しみをまだ強く抱く莉子のようであった。

 私は布団で寝ているメグをぎゅっと抱きしめた。いつか抱いた莉子の幼少期へのいたわりの愛情が、メグに向けられる。幼い莉子の気持ちを想像するだけで、私の心が締め付けられた。腕の中にいるメグは私を少しも拒否することなく、静かに心地よさそうに目を瞑っている。

 私がゆっくりとメグを離すとメグは私と離れたくないようで、私の首元に腕を回している。そんなメグを見て、私とメグの間に信頼関係があることを知り私は少しほっとした。

「メグ、今日はお家にいてくれる?」
「お外になんて行かないよ。」

 食い気味で答えるメグは、よほど男性と触れ合うことを恐れているようだった。いつまでも私を離そうとしないメグを見て、私は会社に行く気が失せてしまった。メグに心細い思いをさせることも嫌だったが、こんなにもころころと人格が変わってしまう莉子を一人にして、もし私がいない間に人格がまた変わり莉子がどこかに行ってしまったら、と思うと気が気ではない。しかし社会人として私情で気軽に休みを取っていいわけがない。私は不安や恐怖心をグッと押し殺した。

「朝ごはんに何か食べる?」

 私はそっとメグの腕から離れベッドから起き上がりながら言った。メグはのっそりと起き上がり遠慮がちに首を横に振る。

「要らないの?」

 頭を押さえてけだるそうにするメグに私は聞いた。

「朝は食べれないの。」

 顔色の悪いメグを見て、人格が変わると体質まで変わってしまうのかと私は驚いた。莉子は私よりも朝の目覚めがよく、朝ごはんを作る役割はほとんど莉子が担っていた。そんな莉子とは打って変わってメグは今にも寝落ちてしまいそうだった。

「じゃあ作っていくから、食べれるようになったら食べてね。冷蔵庫に入れていくよ。」

 私は時計をみて時間に余裕があることを確認すると台所に向かった。
 油を引いたフライパンの上に卵とベーコンを乗せて焼く。ゆっくりと歩きながらこちらへ向かってくるメグ。台所に到着するとメグは焼かれている卵とベーコンをじっと見ていた。

「まだ寝ていていいんだよ?」

 寝起きで頭が働いていないらしくメグは私の言葉には反応しなかった。透明な白身が白濁していく様子を、メグは虚ろな眼差しで見つめる。私はメグに話しかけるのをやめて、焼きあがったベーコンと卵を皿にのせた。もし莉子ならば、料理する私を珍しがって笑顔でいただろう。けれど目の前にいる莉子の姿をしたメグは、私の作業を冷淡な目で見つめていた。今まで莉子と作ってきた思い出が急に私だけの物になった様で、メグを見るのが心底苦しかった。唾を飲み込むだけで苦い汁を飲まされている気分だった。

 冷蔵庫に作ったものを仕舞い、私は台所からリビングへ移動し上着を着た。生憎莉子の家に自分の衣類を置いていなかったため、これから私は一度自分の家へ戻らなくてはいけない。

「どこ行くの?」

 玄関に向かう私の後を追ってきたメグは私の腕をつかんで聞いた。私を見るメグの目は、自分を恐怖にさらすのかと言わんばかりだった。

「仕事に行くんだよ?」

 メグと向かい合って私はメグの頭を撫でた。

「行っちゃうの?」

 不安そうに私に詰め寄り行くなと懇願するメグは、怯えて親にすがる小鳥の様で私は堪らなく母性をくすぐられた。行かずにこのままメグのそばに居たいと思うが、急に休みを取れる会社でもない。

「ごめんね、なるべく早く帰って来るから。」

 私はメグを抱きしめた。

「本当?何時に帰ってくる?」

 ぎゅっと私を強く抱きしめてメグは私の耳元で言った。

「早くて4時くらいかな。」

 そんな時間に仕事を終えたことはないが、私は自分の中で最速で仕事を終えられる時間をメグに伝えた。

「そんなに働くの?」

 メグはだいぶ世間知らずらしい。中学生にしては社会人への理解に乏しかった。

「4時でもだいぶ早い方だよ。とにかく、なるべく早く帰って来るからここで待っていてね。」

 私はメグを離すとメグの両肩を掴み、メグの顔を覗き込んだ。悲しげな様子で今にも泣きそうなメグ。

 私は莉子のスマホを取りにリビングに戻った。昨日こっそり莉子のスマホにGPS機能をつけ現在地がわかるように設定していればよかったなと後悔しながらも、時間に余裕がないためそのままスマホをメグに渡した。

「何かあったらこれで連絡して?使い方はわかる?」

 メグは黙って頷いた。

「絶対に離しちゃだめだよ?」

 居なくなる心配のないメグの人格にこんなことを言っても無意味だとは思うが、莉子の脳内に少しでも刷り込みたい一心で私はメグに言った。
 未だにメグは悲しい表情を浮かべていた。

「……やっぱり行かなきゃダメなの?」

 今にも泣きそうな顔でメグは言う。
 こんな会話をメグが出てくるたびにしなければならないと思うと、私はとても気が重かった。先ほどまでは可愛らしいと思えていたメグの様子に嫌気がさすほど、私は自他ともに認める面倒くさがり屋だ。ほどほどの駄々は愛らしく思えるが、これほどまでの異常な執着は正直嫌いだ。

 最初は莉子とメグを重ねて見ていたため可愛らしいと思えていたが、メグと莉子の相違点を見つけ始めた私はメグを見ず知らずのクソガキのように思い始めていた。

「わかってよ。行かなきゃいけないの。」

 私はメグから離れ玄関へ向かうと、メグは私の後をついて来る。靴を履いて立ち上がり振り返ると、捨てられた子犬のような表情を浮かべるメグが私をじっと見ていた。被害者面するなよ、と思う一方でその顔が莉子であるがために私はそんな扱いづらいメグも、顔は可愛いと思ってしまう。

「行ってくるね。」

 メグの額に軽くキスをして、私は莉子の家を出た。14歳の少女にキスをするなんて良心のある大人にばれたら犯罪者扱いされそうだが、私に起きた悲劇を考えればこれぐらい許されてもいいだろう。

 キスした時、メグがどんな反応をしていたのか見る余裕がなかった。メグの私を拒絶する表情を見てしまえば、精神が崖っぷちに追い込まれている私はそう簡単には立ち直ることが出来ない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?