見出し画像

桐壺登場 その七 職場復帰して、早々に語る

その七 職場復帰して、早々に語る

 御息所と呼ばれるようになると、あからさまな嫌がらせはなくなりました。帝もはっきりと妃として重くお扱い下さるようになりました。
 復帰早々この変化、逆に怖い。
 案の定、人々はこう思います。
 もしや次の春宮は一の御子ではなく、二の御子ではないか。
 もしや空白の中宮の位は弘徽殿ではなく、桐壺ではないか。
 私もそう思います。普通そう思いますよね。
 弘徽殿女御もそう思っているようで、彼からよく愚痴を聞かされます。
「また文句を言われたよ、やれやれ」
 嬉しそうに。

 帝は彼女に頭が上がりません。なんだかんだ言って、一の御子の他にも女御子が御二人、お生まれになっています。右大臣もそれらしくなってまいりました。勢いに乗っている一族というのは何と鬱陶しく賑やかなことでしょう。何と綺羅綺羅しく眩いことでしょう。
 ああ、かつての私です。彼女はかつての私。失われた未来の姿です。
 もう彼女が中宮でいいと思います。一の御子が次の春宮でいいと思います。彼女ならその重責、立派に全うされると思います。彼女なら世論も納得です。世の中は乱れることなく、むしろ祝賀気分で好景気、都中が浮かれ浮かれて、匂やかな桜色になると思います。
 そして彼女には一族の命運がかかっている。
 一族の命運。私にはない。
 国も家も、背負うべき命運のない私は、お気楽です。彼がいて、私がいて、二人には美しい赤さんがいて、それだけです。ほら、ぽかぽかしてきます。これが幸せ、なんです、きっと。

 でもね

「それにしても子どもがこんなにも愛おしいものだなんて初めて知ったよ。この子のためなら何でもできるよ」
 え?
 何でも?
 じゃあ…

 ほら、こんなふうに、「もしも」の物語が始まります。
 だって今が嘘じゃない!本当はこうじゃなかったじゃない!
 だから「もしも」の物語です。
 安心して。ただの物語だから。お気楽な私にぴったりの、ただの物語だから。
 でも。
 見てみたい。その物語。この目でそれを見てみたい。

 すべてを破壊して新しい世界を創造してゆく、そういう運命の、そう、光るように美しい帝王の物語。

 何と痛快な!
 痛快とは危険と同じ意味です。
 まさかその物語が源氏であろうとは夢にも思いませんでしたが、それはまた後程。



 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?