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「鬼の夜ばなし4 新説大江山鬼退治の顛末」

 時は平安中期、いつの頃からか夜な夜な都に出没する鬼の集団があった。
 頭目の名は酒吞童子という。
 金品強奪、女子どものかどわかし、抵抗する者は有無を言わさず殺害しさらに辺り一帯打ち壊して去るという。この者どもの消えたあとはまるで大災害に遭ったような酷い有様だった。都の検非違使けびいしでさえもまるで歯が立たずやりたい放題の輩であった。

 討伐を命じられたのは源頼光みなもとのよりみつ藤原保昌ふじわらのやすまさのふたり。
 頼光は配下として渡辺綱わたなべのつな坂田公時さかののきんとき碓井貞光うすいさだみつ卜部季武うらべすえたけの四名を従え、鬼の根城の大江山へ向かった。この四名が世にいう源頼光四天王であった。
 一行は修験者を装い甘言をろうしまんまと酒呑童子の館へ招かれる。そして酒宴の最中酔いつぶれた鬼どもを成敗し、頭目酒呑童子の首級しゅきゅうを持ち帰る。これが語り継がれている大江山の鬼退治であった。のだが・・・。

「頼光さま 本当にこれでよろしかったのでしょうか」
「案ずることはない公時よ これが誰にとっても最善だ」
「しかし このことが公になると 貴方さまは」
「綱よ だからこそ この人数で参ったのだ
 保昌殿もわしと同じ心境であったから 従者も特に信用のおけるものただひとりとしたのだ」
「保昌殿から漏れ伝わることはないとおおせですか」
 それに返事はなかったが、頼光の眼光は少しも揺るがなかった。
「よいか今度のことはかえって民草の方がずっと真実に近い
 どんなに取り繕ってみても はなから無理のある討伐だったのだ」

 都ではこんなことが噂されていた。
 
「おいおい またなんか夜中に騒ぎがあったらしいじゃないか」
「三件となりの家に鬼どもが押し入ったらしいぞ」
「家のもんは皆 殺られたってえ話しなんだが」
「へえっあそこにだれか住んでたのかい 人の出入りなんて見たことなかったが」
 更に、
「そもそも鬼どもなんてのを お前見たことあるかい」「いやわしはないが」
「酒吞童子ってえのがお頭だっていうんだが いちいち名乗って回ったのかね」
「なんとも あやしい話しだなこりゃあ」

 この派手な犯罪は夜陰に乗じて行われまた逃げ足も早く、鬼どもの仕業といわれているが、その姿を見た者は誰もいなかった。
 無残にも殺害された亡骸が幾つも転がっていたともいうが早々に片付けられ、これもまた被害者が誰だったのかまるで分からない。
 もともと押し入られた屋敷はどれも常日頃住んでいる者がはっきりしないものばかりだったのだ。
 
「あやしいのはお役人たちじゃないのかい お偉いさんたちが何かよくねえこと企んで その目くらましってえことじゃねえのか」徐々にこうなってきた。
 それが日に日にじわじわ都中で囁かれるようになっていたのだ。

 同じ頃、検非違使の詰所の片隅で耳にしたあることに、公時は疑念を持っていた。
 話し声は上級役人であった。
「今夜は東河原だったな 手筈は」「あいつらに任せておけば抜かりない」
 その夜酒呑童子と手下が暴れまわったのは東河原だった。

 
 先頭に保昌と塩漬けの酒吞童子の首級を背負った保昌の従者、少し遅れて続く頼光たちのこの七人は修験者のなりのまま帰路を急いでいた。
 都の入口ははるか先だったからまだ気軽な物言いが交わされていた。

「これが酒吞童子の首級とは ちと無理があるのではありませぬか」
「いやこう派手に手傷を負うておれば誰も猪とはわかるまい」
「それに鬼の首を検分するのは検非違使の長官ぐらいだ 証拠の牙はちゃんとある 案ずることはない」「筋書きも整っておるしな」

 公時が仕留めた猪だった。朝廷の面々を欺《あざむ》こうというのだから手抜かりは許されないのだが、やんごとなき貴人たちは穢れを嫌い近づくことさえしない。一部の役人が鬼と判断すればそれで済む。
「いや わたしならもうちょっと それらしくしたものを」従者はまだ納得のいかない様子だった。

 

 その何年も前に時の権力者に領地を奪われた豪族の生き残りが大江山へ逃れていた。
 ところが入らざるおえなかったその山里の奥は貴重な金銀の眠る地だった。
 そのお宝を独占しようとする《《とある者》》の暗躍により今度は、都で悪逆非道の限りを尽くす集団とされ討伐の指令がくだされてしまったのだった。
 頼光は鬼どもの正体を質の悪い河原者たちであると突き止めていた。

 この豪族は元々の領地を朝廷側との闘いに敗れた折潔く差し出していた。
 にもかかわらず、次に移り住むよう強制された先に思わぬお宝が眠っていたとなると、今度はいわれなき罪業を負わされ口封じの討伐隊を差し向けられたのだ。残っていたのは老人と女子どもばかりであったというのに。
 頼光はそのやり口にどうにも我慢がならなかった。
「いったいどちらが鬼なのか」
 そうして大江山に住まう《《鬼》》たちを別の人知れず場所へ移動させたのだった。

 
 都に運ばれた酒呑童子の首級は確かめもされずすぐに宝物庫にしまわれ、頼光の報告はお抱え絵師により絵詞えことばに残されこの騒動は落着した。
 ただ騒動の発端となった《《とある者》》の正体を頼光が明かすことはなかった。

 
『大江山絵詞』
 頼光らが山に入るとかつて鬼にさらわれ、今なお谷の河原で雑役を課せられている老婆がいた。老婆は人も通わぬ山間の隧道ずいどうの先に鬼の住まう屋敷がある。鬼どもは大の酒好きだ。警戒されぬよう修験者のなりをし、背に酒や肴を負い屋敷に向うがよろしかろうという。
 鬼どもに酒肴を見せると招き入れられ酒宴になった。そうしてさんざん酔わせ一網打尽にしたとある。

 歴史の闇の中に鬼とされた者があったというお話し。

参考 『今昔物語集』『大江山絵詞』『酒吞童子絵巻』『鬼と日本人』


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