君と僕と水族館と。3         イラスト 山本沙紀さん 小説 山田怜

 ただただ怖かった。彼氏よりも背の高い男の人に腕を掴まれるなんて、急な出来事だったから。彼に手を掴まれて逃げて少し、やっと喉がきつく震え始めた。寒いはずなのに、缶よりも温かいその手と頭の先から喉までの一直線が酷い風邪の様だった。
 「ここまで来れば大丈夫でしょ」
 息切れと恐怖であがった呼吸から、視界の端も耳もぼやけている。彼のその言葉も私には遠かった。
 「大丈夫?」
 何も返事出来なかった。彼も分かってくれたのだろう、興奮交じりの震える手で、更に震える私の頭を両腕でその胸に抱き寄せてくれた。
 「大丈夫」
 ぎゅっと小さく乱暴に掴んだシャツを少しの涙と酷く熱い息で、その胸元を濡らす。大きく息を吐いて、自分を落ち着かせたつもりだ。
 「ありがと」
 やっぱり声も、その服を掴んだ手も震えていた。それでも冷静をいち早く装いたかった。周りの目の事も考えて、半歩彼から離れる。
 「化粧、着いちゃったね」
 「いいよ別に、これくらい」
 強張った頬を頑張って釣り上げてニッと笑ってくれた。
 「でも、どうする? 怖いならもう帰る?」
 私のせいじゃないのに、申し訳なさがあった。
 「任せるよ」
 「じゃあ、帰ろっか」
 内心、ほっとした。差し伸べてくれた彼の左手をゆっくり、けれど確かに握る。三人、館内の従業員が奥の方へ走っていくのを見た。私は俯きながら、前を見るその手に引かれていった。


 いつも聴いているプレイリストではなく、ラジオをかけてくれた。今だけはファインな曲よりも、このゆっくりなテンポが心地良かった。知らない曲が流れてくる。対向車線、警察車両が二台通り過ぎていった。夕日が沈む。

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