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そのことについてもう少し詳しく教えていただけますか。

学校や年によって多少の前後はあるものの、おおむね医学部の5年生になると臨床実習が始まる。リアルの患者さんが診療を受けている病院で大体1年とちょっとかけて実習をするわけだ。

基本医学部では学生の段階で「診療に関する実技」を体系的に勉強する機会がほとんどない。それでも流石に、病院で実習するのに初歩的な診察はできるようになってないと不味かろうということで始まったのがOSCE(オスキー:Objective Structured Clinical Examination 客観的臨床能力試験 )である。要するに診察手順の実技試験でこれをパスしないと臨床実習に出してもらえないことになっている。これが日本の医学部で正式に始まったのが2001年らしいので、逆に言うと最近まで学生たちは診療の実技に関しては丸腰のまま実習に放り出されていたということなのだけれど。。

OSCEでは胸部や腹部の聴診や触診など身体診察が正しく行えるかという項目に加え、医療面接がきちんとできるかどうかも重要なポイントになる。医療面接とはいわゆる「問診」のことだ。医療面接は「診断に必要な医学的情報の収集」のみならず「良好な医師・患者関係の構築」「患者の心理的/社会的背景の把握」「患者のニーズの確認」など多様な目的を持つ臨床技能の一つである。「なんや、話聞くくらいなら誰でもできるわ」と考えてしまいがちなのもわからないではないが、一定時間で必要な目的をおおむねすべて達成できるようになるにはそれなりの訓練が必要である。

医学部の4年生諸氏達はOSCEに合格し、晴れて臨床の現場に立つために模擬患者さん相手に医療面接のトレーニングをするわけである。一応、面接におけるマニュアルみたいなものを教則ビデオを見たりして事前に勉強する。患者さんを呼び入れて、椅子を勧めて、自己紹介をして、本人確認をして・・・。それから「今日はどうされましたか?」と病院に来た目的(主訴)を尋ねる。よし、ここまではバッチリだ、何も忘れてないぞ、と。ここまではいい。問題はここから。次に相手から「どうされましたか?」についての返事が返ってくる。これは事前に予測するのが難しい。「お腹が痛いんです」「熱があるんです」「動悸がするんです」とかならまだなんとかなるかも。

「死にたいんです」

とかならどうしよう。もちろん、試験では主に内科診療でポピュラーなシナリオしか用意されていないからこういう難しいのはないだろうけど。

面接のマニュアルには「特に最初はopen question(開かれた質問)を用いて患者さんの話をよく聞きましょう」と書いてある。open questionとはyes/noで答えられない質問だ。たとえば先ほどの「今日はどうされましたか」もopen questionに当てはまる。逆にclosed question(閉じられた質問)は返事がyes/no、もしくは一言になるもの。例えば「咳は出ますか」「アレルギーはありますか」「兄弟は何人いますか」など。open questionとclosed questionのどちらがいいとか悪いとか、優劣があるものではない。適切に使い分けることが重要なのだ。

さて、話は戻って「今日はどうされましたか?」と聞いたら「お腹が痛いんです」と返ってきた。次はなんて言おうか。マニュアルには「まずは開かれた質問で・・」と書いてあるのでとりあえずここは、

「そのことについてもう少し詳しく教えていただけますか?」

と聞いてみる(教則ビデオでもやってたし)。そうすれば患者さんは「半日くらい前から臍の周りが痛くなってきたけど、さっきから右の下の方が痛い。痛くて歩けないくらい。なんか熱もあるみたい。特に変なものを食べたわけじゃないと思うんだけど。。とにかく痛みをなんとかしてほしい」みたいに答えてくれる(少なくとも試験では)。そうすると「お腹が痛い」以外に「痛みの場所」や「痛みの強さ」「熱があること」「痛みを何とかしてほしいと思っていること」などの情報が得られる。

「もう少し詳しく教えていただけますか」の代わりにclosed questionでやるとどうなるか。

Dr「どこが痛いですか?」 患<右の下腹>

Dr「吐き気は?」     患<ないです>

Dr「下痢は?」      患<ないです>

Dr「いつから痛いですか?」患<半日くらい前から>

Dr(・・・えーと次は何を聞こう。。)

もちろん極端な例えに過ぎず、熟練の職人であればclosed questionを次々と重ねる方が手早くバシッと診断まで行きつくことができるだろうし、「吐き気は?」と聞かれて<吐き気はないけど、そういえば熱っぽいねぇ・・>と答えてくれる患者さんもいるだろう。けれど、closedを最初からやるとずっと一問一答になってしまい、特に予備知識のない学生ならあっという間に「弾切れ」を起こして、開始3分で結局患者さんが何を望んで来たのかもわからないまま、面接おしまいになっちゃう。

自分主導で面接してるつもりがどんどん自分が追い詰められてきて窒息しちゃう感じ。そうまさに、早く攻めるのをコンセプトに相手陣内にとにかく急いでボールを送り込むけど、ネガトラの準備ができてなくてことごとくカウンターをくらい攻めてる時間は多いのにずっと追い詰められてるどっかの和式サッカークラブのよう。「相手陣内に早くボールを送り込めば送り込むほど早く返ってくる。相手を引き連れて」みたいな名言は誰のだっけ。クライフかグアルディオラかと思ったけどググっても出てこんかった。

このあたりのことはモチロン優秀な学生諸氏なら事前に理解はしているのであるが(マニュアルにも書いてあるし)、それでもいざ実際にやってみると「今日はどうされましたか?」の次の質問が「どこが痛いですか?」とか「吐き気はありますか」とか、もっとテンパると「アレルギーは・・」とかになってしまうのである。

単純に緊張しているのもあるだろうし、限られた時間で必要な情報を収集しなければならないというプレッシャーもあるだろう。しかし、何より学生たちが球切れ必至の質問千本ノックをわかっててやってしまう理由は、

「自分が面接を主導しなければいけない」という気持ちが強すぎることではないだろうか。

「何か質問しないと(話さないと)いけない」という不安や焦りから単発の質問ばかりを繰り出して、およそ会話にならなくなってしまうという状況は医療面接に限らず、ビジネスの場でも、プライベートの場でも、あまり距離が近くない他人と会話が必要な場面においてはすべからくあてはまるのではないだろうか。

ここでサッカーの話に戻る。2020年J1リーグで年間順位1位~6位のチームのうち、ボール支配率が50%を上回っているのは異次元の強さを誇った川崎と5位の鹿島の2チームだけである。

https://www.football-lab.jp/summary/team_ranking/j1/?year=2020&data=possession

どちらかといえば「ボールを相手に持たせたチーム」の方がよい結果を得ていることが多いのだ。

医療面接にも、知らない人との会話にも同じことが言えるかもしれない。

「そのことについてもう少し詳しく教えていただけますか?」


そう問いかけてボールを相手に渡してしまえばいい。そこからしっかり守備の陣形を整えて相手を待ち構えればいい。


ところでボールを持つサッカーに逆風が吹きがちなJリーグの舞台において、あえてボールを保持することを、いわば教義として4年越しで2020年のJ2リーグを制覇したチームがある。

そう、我らが徳島ヴォルティスである。

2017年からの4年間、リカルド・ロドリゲス監督の指向するボールを保持するサッカーを、キャプテン岩尾選手を中心に完成させ見事覇権を握ることとなった。

ヴォルティスのサッカーは単純に「ボールを持てばいい」というわけではないことが、このサッカーの体現者である岩尾選手の試合後のコメントから読み取れる。

岩尾選手はこのように語る。

「リカルド監督はその逆で、ボールを持っている時こそリアクションという考えです。」

ボールを持っている時こそ相手の出方をうかがいながら相手を動かそうと試みる。単にボールを保持するということよりも、ここに徳島のサッカーの本質があるのかもしれない。


面接や会話においてこれを当てはめるとどういうことになるであろうか。


例えば、

あえて何も言わず黙ってみる

というのも一つであろうか。

会話中の沈黙は不安や時には恐怖を伴う。そこをぐっとこらえて少し黙ってみる。しばらくすると相手から

「今思い出したんですが」

とか

「言うべきかどうかずっと考えていたんですが」

とかいう枕詞に続いて思わぬ情報が得られることがある。ともすればこれをきっかけに面接や会話は思わぬドラマチックな局面を迎えることもある。


なるべくなら自分でボールは持っておきたい。ボールを自分で持っておけばなんとなくゲームを自分でコントロールできているような気がするから。そのなんとなくの安心感を諦める決心がついたとき、あるいはボールを持つことの真の意味を理解し実践できるようになったときに、面接もサッカーもよくなってくるのかもしれない。




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