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LOCUSTコンテンツガイド(書籍特別編)なんとなく読める批評の本11選 伏見 瞬

 批評の本はおもしろいぞ〜!ということをただ伝えるためのガイドを作ってみました。 

 「批評」というと、誰かががんばって作った作品なり、誰もがふんばって生きている社会なりを、賢しらな言葉で偉そうに語る行為と思われたり、言葉の暴力で人を打ちのめして、自分の正しさを誇示するゲームだと思われたりします。そうした側面があるのも、否定できません。ただ、それは今まで培われてきた批評的営為の一側面に過ぎないから、一面を見て批評を嫌悪するのはもったいないと、僕なんかは思ってしまいます。優れた批評文を読むのは、とても楽しいからです。作品や作家や社会への認識が高まるのはもちろん、読者の感受性の触れにくい部分に触れたり、今までの世界像を更新したりするような、かなりすごい力が発揮されている時もあります。  

 今回は、僕が影響を受けた批評的書物を10冊紹介します。ある種、とても個人的なセレクトです。批評書のブックガイドに出てこない本も多いし、LOCUSTの他のメンバーが選んだら全く違うものになるでしょう。一般的に日本の批評の流れというと、小林秀雄、吉本隆明、江藤淳、柄谷行人、東浩紀といった名前が挙がりますが、今回は登場しません。批評の印象を少しだけ変えたいという気持ちが僕の中にあり、もう少し広い(ゆるい?)文脈で今までの批評を眺めたいとも思っているからです。あと、今挙げた人々の本は散々紹介されてきたから、ここで再度挙げなくてもよいかなとも(もちろん、彼らの本は重要なので、読むにこしたことはありません)。
 既刊の批評入門ガイドとしては、佐々木敦『批評とは何か』『ニッポンの思想』が、批評の形式と歴史をバランスよく紹介していて、優れていると思います。また、『ゲンロン4』の東浩紀の巻頭文「批評という病」は、日本における批評の特殊性を突いた文章として、とても学びがあります。批評的文章の元になる哲学書や文学書の古典をリスト化した『必読書150』から少しずつ読んでいくのも、いいかもしれません。そうした総合的なガイドは既にでているので、今回は文庫で出ている、文量も多くない、値段も高くない本を中心に、気安く、なんとなく読めるガイドを目指しました。少しでも、これを読んでいるあなたの楽しさやわくわくに役立てたら幸いです。

1.寺山修司『家出のすすめ』

家出のすすめ

 寺山修司は詩人、俳人、劇作家、劇団経営者、映画監督、エッセイスト、作詞家、童話作家、競馬評論家などなど、活動があまりに多岐にわたるからか、「批評」の枠内で語られない印象。ですが、彼の書く言葉には鋭く面白い批評が多く含まれています。個人的に、私が批評(的な文章)を面白いと思った契機は、高校生の時に寺山の「家出のすすめ」「書を捨てよ、街に出よう」、あるいはいくつかの競馬エッセイを読んだことです。彼の文章は、社会に俗流している観念(たとえば正義や貞節)を裏返し、一般読者を挑発していくものでした。性を禁忌とし、良識を謳っておきながら、薄暗いところでは不倫している日本の夫婦より、オランダの地下流通コミックに描かれた、父親と娘、母親と息子がそれぞれ望んで近親姦に励む家族の方がはるかに明るく健康的だ。そんなことを、60年代前半の日本で書いています。
  「私批評」という言葉があります。私的な体験や感情と、作品や社会状況をつなげて語る批評スタイルで、小林秀雄がその代表的存在として知られています(私は小林が「私批評」の人だとは思いませんが)。寺山修司は「私批評」の名人です。寺山のおもしろさは、「私」に虚構が山ほど注入されているところ。例えば、母親に捨てられて孤児になり、偶然拾った春本のわからない単語にすべて母親の名前「ハツ」を入れて読んだというエピソード。寺山の母親の名前は確かに「ハツ」ですが、彼が母親に捨てられたという事実はなく、ずっと母子二人で暮らしていた。むしろ、母親ハツは子離れできず、成人になってからも寺山の生活に介入してきたという。つまり「捨てられた」という話は全くの嘘八百なわけですが、同時にこれは「ありえたかもしれない現実」かもしれないし、「精神的な自画像」とも呼べるかもしれない。いずれにせよ、「私」には揺らぎがある。寺山はある種の社会道徳や規範に疑いを挟み込み、大衆をアジテートしていきますが、その疑いは「私」にも向けられている。自分自身の不安定さを常にレペゼンしているからこそ、寺山のアジテーションは後の時代に読んでも古くならず、刺激的なものとして読めるのだと思います。

 それにしても、「半ば後ろからハツをのぞかせ、二、三度ハツをハツしてから、ぐっと一息にハツすると、さしものハツもハツのハツで十分だったので、苦もなくハツまですべりこんだ、その刹那・・・さすがにハツに馴れたハツも『ハツ!』と熱い息を吐いて・・・」と続く文章、何度読んでも泣きながら笑ってしまいます。

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