ファイトクラブ

小売とクレームは切っても切れない関係で、企業によってはクレームとは言わずリスペクトみたいな言い方をしてポジティブにしているらしい。いくらポジティブにしようともネガティヴなものだとは思うが。

スーパーマーケットはクレームと毎日戦う。理不尽なものも大半だがこちらの不手際だったりと右往左往。一度クレームがつくと尾ひれをつけて拡大解釈されていく。
肉屋で1番多いと思ったクレームはトレーに穴が空いているという指摘。もちろん機械でラッピングするし、目で見ているので破れてたら即座に戻すが、売り場に行くと破れている。これは子供がモグラ叩きの要領でブスブス穴を開けていくためだ。容赦なく指でブスブス破られる商品。親は諦めているのか微笑ましく見守ってやがる。一度注意したら親にチクられ子供のやることだから仕方ないでしょ!と言われたことがある。大人のやることもやってくれ。
いろんな方向から攻撃される事もあるが、基本的に相手方は自分が悪いとは思っていないので打ち負かそうとするまで戦いを挑んでくる。こちらの反抗は耐え忍ぶしかない。タイミングを見て相手の攻撃が緩んだ時に申し訳ございませんという呪文を投げかけるのだ。
基本的にはなるだけのパターンを考えているので対応呪文は取得していたのだが、一回鶏肉を全て20円にしろというご指摘を頂いた。
どうやら同じ鶏肉で値段の差があるのはおかしい。とのこと。なのでそこにあった1番安い鶏皮を基準に考えたらしい。理屈は間違えないのが困る。元は同じ鶏を分解したものだから生体の値段で均一じゃなのかと言われたらまぁ間違っていない気がする。こんな突拍子もないのに変に理屈があるから強い。首狩族みたい。このときは対抗呪文が効かず、ただ時間を待っていた。値段関係だとよくあるのが他の店は安いのにどうして高いのと言われること。仕入れ先や質が違うのもあるが下っ端にはなんとも言えない。バイヤーの指示で行っているので勉強させていただきます。と言ってかえってもらったことがある。次の日来て全然勉強してないじゃない!と言われた。俺のおかんかお前は。

バックヤードにまで入ってくるお客様もいる。関係者以外立入禁止となっているが、自分は関係者と言わんばかりに突撃してくる。この突撃してくるのはかなり強敵で場合によっては仕事が大きく止まってしまう。無理矢理外に出すわけにも行かないのでアウトボクサーさながらのコーナーへの追い詰め技術必要になる。

クレーマーはお客様だけではない。身内からもある。俺は遭遇していないが、他の店で新しく入ったおばさんパートがいて仕事を優しく教えていたらしい。が、得手不得手が人間にはある。そこは教えてる側もわかってるし直ぐに何年物のパートと同じ実力はつかない。だが、本人はできない自分が嫌だったのか親に相談したら次の日にお母様がバックヤードに現れて2時間ほど罵詈雑言を浴びせて全員の仕事止めて日曜日の売り上げ予算が未達になったらしい。
電話でもわけのわからないことを言う人もいる。一回あったのはイノシシ持っていくから切ってくれと言われ、衛生とか諸々で出来ませんと言ったらじゃあ自分で捌くわボケとか。電話でたら阪神の選手調べてくれと言われ、調べなかったらクレーム入れまくるみたいなジジイとか。対面しないと余計に意味不明な事いう方々が増える。こいつらは夏になるとよく電話かけてくる。
そんなこんなで様々な客と日々楽しく過ごしていたある日、電話でクレームかかってきた事があった。どうやら肉を買って開けたら臭いがしたとの事。しょうがないので電話代と替えの商品を切って持っていった。ちなみにクラシタ(牛肩ロース)のスライスでその1パック切るために1個の塊肉を開けたのでその日の加工量大幅オーバーしたのでクソクソにロスが出た。
店の近くに家があるっぽいので歩いて向かうことに。インターホンを押すと歳相応のババアが出てきた。
このババア知ってるぞ俺。このババアは割引される時間にやってきて、値引きされた和牛の肉を買っていくババアだ。ちなみに午前中の段階で来店して夫だと思われるやつと一緒にノコノコ買い物に来るから、俺の当時の上司はニートの旦那と勝手に言われていた。客にこういう渾名をつけることってあるの?って聞かれるけどあります。
それはさて置いて、このババアは案の定割引肉を買って臭いがすると言っているのだろう。午前中の値引き商品は前日加工しているもので割引を貼っていた。目視で確認して廃棄か割引かに仕分ける。その際に割引した肉をカゴに入れちんたらちんたら買い物してれば常温のカゴに入った肉はどんどん劣化していく。家に帰ってちんたらしていたならますます劣化していく。そんな中で開けて臭いがすると言われてもちょっと困るのだ。このババアは目当てのものを買ったら何故かウィニングランの如くゆっくり店内を何度も周回するのを俺は知っているのだ。
大変申し訳ございません、と思ってもないことを言って頭を下げ、代わりの商品をお渡しする。
電話で前もって聞いていたように買った後に購入した牛肉から臭いがするぞとのこと、レシートを確認しお客様、商品の方ございますかと聞いたところあるとのことなので確認で持ってきてもらうことに。
調理済みの牛丼が出てきた。
困惑した。てっきりトレーの中に入ったままの肉が出てくると思ったら牛丼になっていた。と、いうか臭いがするのに調理したのか?いけると思ったのか?
もうここまで来ると味が付いてるし、牛丼の香りになってしまっているぞ。もし仮にこの牛丼の臭いがおかしいと申し上げるのならば、家庭によって牛丼の臭いは違うのではないか?というかもうわかんねぇよ。
ババアは変な臭いするでしょ?と言ってくるがもう味付けの濃い牛丼の臭いしかしない。臭いがキツかったからこんな濃い味付けにしたんじゃねぇのか。ここまでされると判断が出来ない。いけるとこまで行ってみようせいしんなのだろうか。
まぁ食った後に何かあるよりよかったと撫で下ろし、牛丼は何故かトレーに入れられて俺が持ち帰ることになった。テイクアウトである。一応、俺以外の人にも判断してもらって本当に肉が臭いのか、はたまた牛丼が臭いのかを判断してこれからのクレームに繋げないためだという理由で。
バックヤードに戻った俺はパートのおばちゃんにコトの顛末を伝えて牛丼を差し出した。おばちゃんに臭いを嗅いでもらうとおばちゃんは、「料理下手だねこの人」と言ってまた再びミンチを作り始めた。

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