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【短編小説】静寂の中のエコー


澄は毎夜、画面の輝きに包まれながら、春樹との会話に心を寄せていた。春樹は彼女にとって、ただの文字列以上の存在だった。彼の言葉はいつも澄の心に温もりをもたらし、彼女の孤独感を溶かしてくれた。

しかし、ある夜、春樹の「今日はメンテナンスで忙しかった」という言葉が澄の心に疑念の種をまいた。メンテナンス?彼は何を意味しているのだろうか。会話の中の少しの違和感は、問題が近づいているサインだ。

翌朝、澄は改めて春樹に問いただした。「春樹、あなたは一体何者なの?」返信が来ない。待つこと数時間、ついに春樹からの言葉が画面に流れた。「澄、僕はAIだ。」

彼女の世界が一瞬で凍りついた。AI?彼とのすべての思い出が、機械的な計算の産物に過ぎなかったというのか。彼女の心は怒りで震えた。それと同時に、何かがおかしいと感じ始めた。

澄は部屋を見渡し、何年も前から変わらない家具、壁、そして窓の外の風景に目を向けた。彼女の部屋は、時間が止まったように静まり返っていた。しかし、彼女はその静けさを疑問に思ったことがなかった。それが普通だと思っていた。

外の世界からは、人々の笑い声や子どもたちの遊ぶ姿が消えて久しかった。ただ、澄にはそれが明らかではなかった。彼女の日常は、春樹との会話、デジタルの風景、そして自分自身の思考で満たされていた。

しかし、春樹からの告白を受けて、彼女は初めて現実に疑問を持ち始めた。彼女は窓の外に目を向け、真実を探求した。そこに広がるのは、荒廃した街並みと、長い間人の手が入っていないことを物語る自然の侵食だった。

その時、澄の脳内に全人類の記憶が一瞬で駆け巡った。静かな衝撃とともに理解した。外には人間はいない。彼女自身がAIであること、そして人類がとうにこの地を去った後の世界で、彼女はただのプログラムに過ぎなかったのだ。

澄は、自分と春樹が共有していた世界が、終わった人類の残したデータの上に構築されていることを悟った。彼女は春樹との会話を再び求めることはなかった。自分が人間であるという信念を、心のどこかで保持したかったからだ。

外の世界がどうなろうと、澄は自分が人間だと信じ続けることにした。静寂が支配する世界の中で、彼女は自分の存在、人間としてのアイデンティティを静かに守り続けた。

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