見出し画像

たった1人の庭師が生涯をかけ、亡くなった後も弟が引き継ぎ完成させた合浦公園!その思いを受け継ぐ、新しいプロジェクト

日本の都市公園100選にも選ばれた青森市の合浦公園

この合浦公園の始まりは、土方歳三ら新撰組が最後に戦った函館戦争のあたり

この函館戦争も体験した、たった一人の庭園師「水原衛作」が
「人々が英気を養う公園を作りたい」と唱え
自らの手で、生涯をかけて作った公園が合浦公園です

作っている最中、疲労がたたって亡くなった後も
亡くなった兄の夢を実現させるため、水原衛作の弟である
柿崎巳十郎が完成させ
そして、兄の夢であった「人々が英気を養う公園」という思いを実現させるため
完成後。

青森市に寄付をしました

青森に公園を作りたいと言った時、
何をバカなことを、そんなものというように相手にされなかった水原衛作ですが、
作りたいと唱え続けて、何度も公園創設申請を出し、やっと
当時の知事に認められ、創設の許可がおりました

水原衛作は、自分の財産も注ぎ込み
そして、自分の全ての時間をかけ、母や妻の家族に支えられ
「水原衛作」の人生をかけて作った公園は

池や松のある素敵な庭園で
海がある全国的にも珍しい海浜公園で
桜祭りや雪祭りなどのイベントを行う

青森市民には無くてはならない
水原衛作の唱えた

「人々が英気を養う公園」

そのものとなりました

私が青森市で何かやってみたいと思うのは、
たった一人の思いが実現し、
100年以上経った今でもその思いが受け継がれている土地だということに感動し、可能性を感じているからです。

私利私欲のためでは無く、
人々の未来のために人生をかけて作った公園がある土地

私は、この事実を伝えていきたいし、
その思いを繋げていきたいと思っています

そう思っている中、
今、浅虫の古民家を使って
青森の創作活動を盛り上げるためのアトリエ創設プロジェクトが始動しようとしています

このプロジェクトを立ち上げようとしているのは
青森市で活動する画家のNOZさん

私はこの活動を聞いた時、
合浦公園を作った水原衛作を思い浮かべました

今まさに、NOZさんは、自分の財産、時間を注ぎ込み
青森で活動する芸術家のためにアトリエを作ろうとしています

そしてそこでは、芸術を未来へ繋いでいく活動も考えていました

私は100年以上前に作られて今でもある合浦公園のように

青森の芸術文化を作っていく活動家が集える場所を
子供達が夢を見て実現出来る場所を
この青森で作ろうとしているNOZさんを応援したい

そう思い、アトリエプロジェクトのお手伝いをしたいと志願しました

5月以降、古民家をアトリエにするための
クラウドファンディングも始まる予定です

水原衛作の夢みた
「人々が英気を養う公園を作りたい」

「英気の養える場所」それがあったからこそ、
次の目標に「文化を作る場所」を
この青森で作りたい

そう思いました

青森に居た素晴らしい故人の思いを繋いでいく活動だと信じ、
私は応援したいと思っています

青森は思いを繋いでいくことのできる素晴らしい場所だと信じて、いろんな方の思いを実現出来る場所を、青森をチャンスの土地にしたいと思います

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?