糸をつむいで、ひととつながる。八郷と出会った糸紡ぎと造形作家、いくこさんのストーリー
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この記事では「糸紡ぎ」というジャンルの中でも事例がほとんどない「縫い糸」を追求する「糸紡ぎと草木染めの造形作家」の中野 郁子(なかの いくこ)さんの現在に至るまでの等身大のストーリーをお届けします。
いくこさんは1977年福島県生まれの茨城県育ち。2019年茨城県石岡市(旧八郷)への移住をきっかけに、ながいぬ屋開業。糸紡ぎ、草木染め、羊毛フェルト作家をされています。今回のインタビューでは、引っ越しの際に「ご近所さんになってよ!」と言われてしまう、いくこさんの人柄が伝わってくる、笑いあり、学びありの冒険のようなストーリーになりました。
今回は、LOCALBOOSTER石岡コーディネーターの高橋真希さんと代表の佐藤の二人でお話を伺いました。
1. ある日、突然家を追い出される!? 八郷引っ越しのきっかけ
今回のインタビューの舞台は、茨城県石岡市、旧八郷地区と言われる筑波山の麓のエリア。緑が豊かで少し前の日本にタイムスリップしたような、原風景が広がっています。当日は、いくこさんのアトリエ兼ショップ兼お住まいにお邪魔しました。
― いくこさんも移住者とのことですが、八郷に引っ越したきっかけは何だったのでしょう?
大家さんの都合で牛久の家をでなければならなくなったんだよね。
そんな訳で試しにFacebookで、助けてください!と投稿してみた。3年前くらいのことかな。そしたら思った以上に皆さん物件を紹介してくださったんだよね。九州から茨城まで。かぶちゃん(夫)は犬入居可の物件を探すのに2年かかってたから、顔面蒼白になっていたよね。笑
2. 基本的に突撃訪問。八郷のひとつなぎリレーという小冒険
そんな折、たまたま石岡鈴木牧場の鈴木みどりちゃんが、中村さんという方を紹介してくださったの。そして、そこから中村さんが物件を紹介してくれたんだけど、なかなかこれ! という家が見つからず……。
でも、中村さんははるばる牛久から八郷に来てくれたのに手ぶらで返すには、という話になり、申し訳ないと全く知らない家を突撃訪問したりしてね。そして、その隣の家のおばあちゃんが突然野菜をくれようとしたり。八郷らしいのだけど。笑
それでね、なかなか見つからないんだけど、とにかく、中村さんがめげずに絶え間なく物件を紹介してくれたの。物件を紹介されるだけじゃなくて、この人に聞いたらいいとか、この人は詳しいとか、ひとが出てくる出てくる。笑
― そんなに芋づる式にひとがでてくるのが、面白いですね。
面白かった。
― 元から知り合いだった方もいれば、そうでもない人もいるんですよね?
石岡鈴木牧場のみどりちゃんがスタートで、そっから先は全部知らない人。
― なんでそんな動きになったんですか?
同情だよね、みんな。笑
あと、みんなの意地。笑
この話は2ヶ月弱くらいのできごとなんだよね、すごいよね。
― ちょっとした冒険ですね。最終的に、何がきっかけで今の家にたどり着いたのでしょうか。
それもやっぱり中村さん。中村さんがめげずに家を探し続けてくれた時に、蕎麦屋のおじさんが家に詳しいらしいから、蕎麦たべに行こうってなったの。とにかくみんな基本突撃スタイルなんだよね。笑
で、相手は何も事情を知らないのに突然聞く。笑
聞いたところ、蕎麦屋のご主人が「この子、家なくてかわいそうだから、家を紹介しよう!」ってことで、2軒紹介してくれたんだよね。
そして行ってみたんだけど、1軒は条件が合わずだめで、1軒はなんと、辿り着けなかった。笑
もう場所がわかんなくて。笑
「あいてっから見てこい。住みたくなったら口聞いてやるから」って言われて行ったんだけど、普通、他の地域じゃないでよね。
― よく、いくこさんも最後までめげずに突撃し続けましたね。笑
もう最後はなんかたのしくなっちゃってさ。
中村さんの根気がなければ私はここまで辿り着けなかったよね。
そして、いよいよこの家なんだけどね、中村さんとその辿り着けなかった物件の帰りに、中村さんが用事があるとのことで、偶然、この家の近くの明圓寺さんに寄ったの。そしたら、また家の話になって「そこ空いているよ」と今の家を紹介してもらったの。
3. 引越しの決め手。ご近所さんからの「いくこさん、ご近所さんになってよ」の一言
そこの紹介してくれたお寺さんにね「ご近所になって欲しい」と言われたんだけど、そう言われた理由もあってね。ハザードマップイエローだったこともあり、ご近所の人がどんどんいなくなっちゃうの……って言われてたの。
そういう条件だったけど、かぶちゃんも私もこの家をだいぶ気に入っていて、今に至るのね。
この家が最初からすごく好きになったのも、明圓寺さんのご夫婦のおかげ。そして、安達柿園さんのおかげだね。実は、引越し前、会ってもないのに電話で30分くらい安達さんと話していたことがあったんだよね。声しか聞いてないけど、ご近所さんを知っていた。ご近所さんを知っているって大きい。
そして、引っ越して、やっと会えましたね! って話になってね。だからね、奇跡的だよね。
半年で家を決めなきゃいけないってなって、4ヶ月で決めた。
4. 八郷人とコミュニティ、そして多様性を受け入れる土壌
― 八郷のひとのつながりに助けられたことはありますか?と聞こうとしたんですけど、もうすでにありますね。
ガスの手配さえ、鈴木牧場の社長さんがガスやさんと通話ができる状態で電話を渡されちゃってさ。笑
今度、引っ越してきて、電気が、って言ったら、電気屋さんの番号渡されて。
― 八郷は外から来た人にやさしいってことですかね?
(高橋さん)そういう風になるのは八郷に移住した人たちとか新住民のひとが、潜在的にコミュニティを新陳代謝させたいからじゃないかな。家を探しているひとで、この人に仲間に入って欲しいと思って、自分のためにも動いてくれるんだと思う。
― なるほど。そういう経験を経て、いくこさんの八郷への印象はどうでしたか?
馴染みやすかったよ、すごく。
引っ越しをする以前の話で、鈴木牧場でバイトしてるんだよね。
生活費うんぬんではなく、チーズとかできる工程を見るのがたのしくなっちゃっている状態で。
そんなときに鈴木牧場のみどりちゃんは出産の時期が近づいていて、みどりちゃんちの子供に呼ばれたんだと思う。笑
なので、引っ越し前に落ち着いたら手伝ってよと言われていた。
鈴木牧場さんって本業が別にあるひとへの理解がすごい。都合が悪かったら休んでいいし。
あとは引っ越してすぐ、4ヶ月後に八郷のこんこんギャラリーでの個展が決まっていたし。
― 完全に八郷に呼ばれていましたね。
5. 糸紡ぎで生きていく前は100ショップのバイトリーダー?!
― ここに至るまでいくこさんはどんな生活をしていたんですか?
みんなが思うほど、健康的な暮らしでもないし、普通だし。
100円ショップの時もただのバイトだよ。バイトを管理するバイトリーダー。笑
静脈認証で管理していた人が、いまはこんな自由業なんだから不思議だよね。
6.うまくいかないから、「糸」に興味を持った
最初はさ、染めた布を売っていたんだよね。
― 糸ではなかったんですね! 布を染めたきっかけって何かあったのでしょうか。
小学校の自由研究でたまねぎで染めたことかな。いろんな布で何が染まるかってやってみたんだけどね。
そのときからずっとすきで、だらだらやってたの。
何か作ったりするのもすきだったの。
これもだらだらやってたの。
― 元々、お好きだったんですね。
うん。糸紡ぎは、糸が一番染まらなかったから興味を持ったんだよね。
布は簡単に染まるのに、糸がきれいにそまらない。なんでなんだろう、と。
その頃に買った糸が、オーガニックコットンの糸だったんだよね。オーガニックコットンの糸。なぜか綺麗に染まらないの。
その時の染料とか、技術がないときだったからかもしれない。
で、糸、糸って思っているうちに、コットン育てたいなって思い始めてね。
そのときに、かぶちゃんに出会った。かぶちゃんと一緒に住み始めて、畑も借りた。
でも、私は太陽光が得意じゃないから、栽培はかぶちゃんがやってくれたんだよね。
7. 糸紡ぎ」と「八郷」のきっかけ、「やさとクラフトフェア」
でもね、糸をやろうと言っても、なかなかできるものではないんだよね。
そんな時に、やさとクラフトフェアに布を売るために出店していたことがあったのね。その時に初めて八郷にもきたの。
そこでね、久保田さんという方がいて、そのひとがスピンドル(糸を紡ぐ道具)を教えてくれた。これがきっかけで糸紡ぎを始めたんだよ。
8. 「糸」を独学で極める
― その後の工程はどうやって習得したのですか?
その後の工程は独学。
スピンドルからはじまり、一回挫折があった。
スピンドルの糸は編むか折るしかできない。糸がもろいから。
でも私は縫いたいの。
そこからだとね、縫い糸をやっている人を探したんだけどいない。
刺し子糸の人を探しても、その人も仕入れ。
そこをたどっていっても、工場なんだよね。
だから、自分でやるしかないじゃん、って思ってね。
機械とかは、かぶちゃんが作った何かとかでまかなってきたから、大量生産はできないだけど。
9. 本当にほしいと思っているひとに、価値を提供する
でもね、牛久からこっちにくるまでの間に縫い糸という自分のジャンルは確立していたの。
けれども、独学だからいまだに、迷いごとができたときに、だれにも相談できない。
毛糸を紡いでます、みたいな人はいっぱいいるんだけど、織りとか編みとかなのよね。私がやりたい糸ではない。
― 織糸、縫い糸のちがい。初めて考えました。同じ原材料からやり方で強度が変わるのですか?
そう。
織りで使う糸は1工程のところ、縫い糸は3工程。すごく時間がかかるし、よく、工程が多い分、糸が高すぎると言われる。
なので、「糸が欲しいです」って言われたら、まず、「高いです」っていうようにしてる。
それでも欲しいひとに買って欲しい。
― でもこれからの時代は、本当にほしいものや価値があるものに、お金を払いたくなる時代が来るのかもしれませんね。
10. いくこさんのターニングポイント、やさとクラフトフェア
― たくさんの出会いがあった八郷ですが、あえてターニングポイントをあげるとしたら何でしょうか。
やっぱりやさとクラフトフェアと初めて個展を開催したこんこんギャラリーかな。
11. 全部が本業。なぜ牧場で働きながら、糸を紡ぐのか。
鈴木牧場続けつつ、ながいぬ屋もだと体力的に難しい時もある。
たまにどっちが本業だよって言われるんだけど、私は「どっちも本業だよ!」って言い返すのよ。
チーズをやってるときって、たのしいんだよ。
牛乳をひたすら瓶に充填する時間とか、すきなんだよ。
― なるほど。どちらにも、思わず続けてしまう「すき」があるのですね。いくこさんが思う、糸紡ぎの魅力なんでしょう。
無心になれるところかな。
一人で何も考えないときに、リセットしている。
職業にそういうものを選んでしまう癖があるのだと思う。
牧場もそうだし、一人で何かを淡々とやる時間。
12. いくこさんのこれから。「やれるひとがやればいいんだよ」
― 独学でここまで極めてきたいくこさんですが、ロールモデル/あこがれのひとはいますか?
何か困りごとがあっても相談する人がいないレベルだから、なかなか難しいけど。
本当はのんびりと生きていたいんだよね。笑
― のんびり。そうですよね。笑 私ものんびりしたいです。笑 次で最後の質問です。ここまでいくこさんのチャレンジストーリーを聞かせて頂きましたが、これからの10年でやりたいことはありますか?
自分で糸を紡ぐことで、人に仕事が発生したらいいと思っている。
どんなことでもいいの。
私、いま障害者施設に仕事をお願いしたりしているのだけど、それをもっと増やしていけたらいいな。
なんで障害者施設かというとね、これはオープンにしているから言うけど、生まれつき髪の毛がないのね。
それで社会に出るまでだいぶ苦労したのよ。
そういうひとたちができる、ちょっとした仕事でいいから生まれたらいいなって。
その人たちが糸紡ぐとか難しいことはできなくてもいいの。
でも、糸を板に巻くとか、そういうので仕事が生まれたらいいな。
これ、私が一番得意じゃない仕事なんだけどね。
ただ、こけしの形をしたベースに巻くだけの仕事。
手伝ってくれている施設の皆さんを、私はこけし職人のみなさんって読んでいるんだけど、こけし職人のみなさんは自分の気分次第だからだいぶ納期にムラがあるのね。
でも、間に合わない分は自分でやるからいいかなって。
そういう考え方、やり方になってきた最初のきっかけが、私が太陽光がだめっていうことだったの。
太陽光がダメな人がさ、畑での作業が必要なオーガニックコットンを育てたいっていうんだから、困っていたんだけど、かぶちゃんが「おれ、全然、太陽光大丈夫だからさ」って、全部やってくれてね。
「やれるひとがやればいいんだよ」って。
― 最後に、一つ聞いていいですか? なんでながいぬやって言うんでしょう。
ながいぬや。
ながい犬飼ってたからね。
ダックスフント。笑
【インタビューを終えて】
いかがでしたでしょうか。いくこさんの糸と八郷をめぐる小冒険。私(佐藤)はまるで小さな本を読んでいるような、次は誰がでてくるんだろう? どうなるんだろう? わくわく、どきどきしながら話を聞いていました。
いくこさんのつくるいきものたちは、なんとも言えず愛くるしくて、みていると思わず顔が綻んでしまいます。ですが、なぜ、この子たちを見るとそんな気持ちになるのか、今日のインタビューでわかったような気がしました。
糸つむぎは、ぎゅっと集中して、自我さえも忘れるような時間でありながら、時々、いくこさんから送られる「そうそう、綿を持つ手は、ハムスターをやさしく持つような強さでね」などのアドバイスに思わずクスッとしていまい、気がついたらほっと肩の力が抜けているような、そんな体験です。
ぜひ、八郷の自然がきもちよい、人がつないだ古民家で、いくこさんと糸つむぎをしてみませんか?
いくこさんの糸つむぎ体験はこちらから
なかの いくこ プロフィール
育てるつくる「ながいぬ屋」代表
育てた綿を紡ぎ草木で染める小さい小さい紡ぎ糸屋を営んでおります。
その傍ら、草木染めの羊毛や糸、布を使いいきもの達を制作する造形作家です。
取材・編集:佐藤 穂奈美
写真:安藤“アン”誠起、高橋 真希
LOCALBOOSTERでは、茨城への移住相談、起業相談、空き家活用相談も行っています。ご希望の方は、こちらのサイトよりお気軽にご連絡ください。
筆者プロフィール
佐藤 穂奈美
Coelacanth 代表
ディレクター×農家。再開発、古民家再生の仕事を経て茨城にUターン。 まちづくりのほか、「焚火と本」、LOCALBOOSTERの企画・運営。
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