控え目な花言葉通りに

飾り気のない家具が最低限置かれた整然とした部屋。新居同然の部屋に唯一生活感があるとしたら何度も読み返されあちこち擦れた古書が隙間なく収納された本棚と丁寧で読みやすい愛らしい字で書かれた薬の調合方法がびっしりとメモされたよれよれの分厚いノートとインクが半分しかないインク瓶と使い込まれた羽ペンが置かれたビューロ位だ。
主がいた形跡を眺めながら部屋を歩く癖のある黒髪で右目を覆った黄色の瞳の黒スーツの黒手袋の細身の男。
皺なく几帳面にベッドメイキングされたベッドにそっと触れ、温もりの断片も感じない事を強く認識する。
「一体どこ行ったんだ?…また、心配性扱いされるがウェサがいねぇのは落ち着かねぇよな。一言残して欲しかったもんだよ。」
ぶつくさと小言を言いながら背を丸め、ポケットに手を突っ込み、さっきよりも忙しなく部屋を彷徨く。
彼は醜悪な悪魔。破滅の女神から生み出された実力はある悪魔なのだがその名の通りの醜い外見で契約を取れず実力至高主義の悪魔社会で燻っていた。
そんな彼が出逢ったのが今の主、ヒーラーのウェサ。悪魔と契約という自分の所属する学園の禁忌を犯してまで人々を守ろうとする姿から穢れし生娘などという異名が付いた、健気な小さな主。彼女もヒーラーとしての実力はあるのだがそれ以外の魔法がからっきしでその上、男性恐怖症を患っている為に軽んじられている三流ウィザード。似た者同士であり、ウェサは彼を外見で判断しなかった唯一の存在。彼はそんな彼女を尊敬して止まなかった。
「探しにいくべきか…。でもなぁ…お節介焼きは嫌われるしな。俺はどうしたら良いんだろうな。」
うんうんと唸りながら彷徨く速度を上げ、ぐるぐるとその場を回る。
「待つか。そうだ、黙って待ってろ、俺。完全にご主人様がいなくて不安で暴れまわる犬じゃねぇか。あー、恥ずかし。」
不貞腐れて床に大の字で寝ころび、姿を元の目玉が数多に付いた真っ黒のスライムに変化させる。
「本当に出来た主だからなぁ。掃除の一つでもしてやれたらねぇ。…馬鹿。女の部屋を漁る真似に近いじゃねぇか。恥を知れ、俺。飯はさっき食ったし、菓子でも作るか?マジで何すれば良いんだ?…不器用かよ。クソッ。」
手持ちぶさたな醜悪な悪魔は伸び縮みを繰り返す。すると、扉の外から声が聞こえる。
「すみません、いらっしゃいますか?手が塞がっていて扉を開けられないんですよ。良かったら開けてください。」
聞き間違える筈もないウェサの声。飛び付く様に柔らかな体をくねらせ、扉を開ける。両手一杯に木苺を抱えたウェサがほんのりと笑みを浮かべながら部屋に入る。
「ただいま戻りました。お手数お掛けしましたね。もう一つ頼んで良いですか?何か入れ物を…。」
話の途中でキッチンへと跳ねていき木製のボウルをさっと差し出す。
「細やかなお気遣いありがとうございます。採るのに夢中になってしまって。…そうでした、何も言わずに散歩に出掛けていて申し訳ありませんでした。すぐに帰ってくるつもりだったんですが。ご覧の通りです。お恥ずかしい…。」
ウェサは年相応の少女らしく頬を染める。その珍しい表情に柄にもなく胸をときめかせてしまう。惚けてはいけないと木苺が入ったボウルをキッチンへと運び、自身を戒める様にプルプルと震える。
「こんな事になるのでしたら、籠でも持っていけば良かったですね。これで何を作りましょうか。」
醜悪な悪魔の頭を優しく撫でて問い掛ける。それに反応する様に嬉しげに体を震わせる。

人に現を抜かす外道悪魔と穢れし生娘の平和な一幕はこれにてお仕舞い。

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