何も変わらない。これが日常

川沿いの朽ち果てた小屋の中に影が二つ。
一つは乱雑に散らばったボロボロの椅子だったものに足を組んで座り、天井の穴を仰ぎ見る。もう一つは大判の本を抱え、床にペタリと座り込んでいる。
「んー暇。つーかよぉ、こんな風通しの素敵な場所じゃなくてさぁ、も少し先のさ、要塞乗っ取って魔王ごっこしちゃぁ駄目だったのかなぁ。なぁ?」
悪態を付きながら座り込む影の背を足で小突く。突然の衝撃に耐えられなかったのか小突かれた影は大きくのけぞり、瓦礫を巻き込みながら派手な音を立てて床に突っ伏す。
「クソザコ。ん?熱い視線感じるねぇ。でも、俺は偉いので迎えになんていきませーん。さっさと来いよぉ。」
横柄な影が大声で呼び掛けると岩影に隠れていた五人が飛び出し、小屋を囲む。リーダーと思わしき鎧に身を纏った金髪の切れ長の青の瞳をした男が扉を蹴破り、銀の剣を突き付け声を荒げる。
「貴様が魔王か!答えろ!」
横柄な影が首を横に振ると小屋が音を立てて崩れる。広がる埃で五人が咳き込んでいると鎧の男の背後に横柄な影がいた。日の光照らされ姿を現したそれは金髪のセミロングの髪をうなじで纏め、前髪で右目を覆った三白眼の黒い瞳の男だった。
「魔王がこんな犬小屋より酷い場所に居るわけないだろ。お馬鹿さんかなぁ?」
ギザギザとした歯を見せながら両手を広げ、背中に触れて見せる。
鎧の男が瞬時に振り向き、剣を振るうが無を切り裂いた感触しかない。
「勇者様!その者は危険です!離れてください!」
赤いローブのポニーテールの女が声を上げ、光の球を杖から放つが男がいた場所に埃を巻き上げるだけだった。
「魔王じゃないって言ってるのにさぁ。人間って物騒ですわね。あーらやだ。」
崖上の今にも折れそうな枝を膝裏で掴み、腕を組み、ぶら下がっている。
「ちょこまかするんじゃないよ!降りてきな!」傷だらけの軽装のマフラーの女が上体を捻り、両手の指の間に挟んだクナイを投げ付けるが枝に刺さるだけでもう男はいない。
「どこ…行ったの?探して…!ボリジ!」
白のフリルで彩られたドレスの少女が似たような容姿のドールにキスして空に投げる。ドールは小屋の残骸の上で爪先を上げ、裾を舞わせる。
「ボリジの索敵が狂うはずないのに…何かいるの?」
筋肉質のショートヘアーの女が大槌を構えながら人形の踊る瓦礫へ近寄ると埃まみれの包帯が蛇の様に人形に巻き付き、絞め壊す。
「何かいる!気を付け…。」
包帯が筋肉質の女の口に巻き付き、塞ぐ。女がもがくとずりずりと包帯の先の本体が出てくる。
埃まみれで汚ならしい小さいそれは茶髪のボサボサショートヘアーに瞳の有るべき場所と両腕に包帯を巻いた濃い紫のローブの少女。
「やっと出られました。死神様も酷いですね。慣れているので何も思いませんが。」
包帯を戻し、埃を払う。既に異様な少女の見た目に絶句していると引き摺られた際に破けたローブから見える膝から下しかない醜い太腿が異様さを強調してくる。勇者一行はあまりのおぞましさに眉をひそめて後ずさる。
「助けてくださらないのですか。勇者ご一行様。私を恐れるのですか?何とも惨い。…すっとぼけて被害者の様に振る舞っても既に手遅れでしたか。気付きませんでしたよ。」
化け物の少女は自身の脇腹を貫く木片をない瞳で眺めて小首を傾げる。
「貴女…何なの…ボリジ…返して…!」
ドレスの少女が吃りながらも声を荒げる。それを見ても化け物の少女は逆方向に小首を傾げるだけだ。
「私はログリッチ。死神様の…何なのですかね。一応、部下という事にしておいてください。人形の件は申し訳ございません。ああでもしないと瓦礫の下敷きで終わりそうだったので。ちなみに私は何もしません。"私は"。」
揚々のない声で淡々と答える化け物の少女に勇者一行が攻撃すべきか戸惑っているとその上に死神と呼ばれた男が勢い良く着地する。
「こいつな。人畜無害なんだよねぇ。アンデッドの癖に。まあどうでも良いわ。女侍らす勇者様を魔王の代わりにぶちこ…ん?魔王ってまさかさぁ…。」
右に飛び退き、再び瓦礫の下敷きになったログリッチを掘り出す為に蹴り上げる。ボロ雑巾の様になったログリッチは露出した頭蓋骨をカタカタ言わせながら答える。
「昨晩、闇討ちしたダークエルフですよ。あれがこの地を支配していた魔王です。」
「マジでー。つーか、間違えようなくない?耳は尖ってないし、俺色白。やっぱり、人間って馬鹿じゃねぇの?よし、ムカつくからぶち殺確定。お前は下がってな。」
ログリッチを対岸へ思い切り蹴り飛ばすと両手を大きく広げ、口端を大きく上げて笑う。圧倒的な殺意と悪意に怯みながらも勇者一行は構える。
「フハハハハハ、余は死神。我に喧嘩売った事、死して分からせてやるかんな。余とか我とかブレブレじゃねぇか。俺。きゃー、超お茶目。」
死神は笑いながら石ころを拾い上げ、勇者の顔面スレスレに投げ付ける。守ろうと筋肉質の女が前に出るが地を蹴り、高速で移動していた死神が女の頭を踏みつける。ヒールで踏み抜かれた頭は半分に潰れ、脳漿と血を散らす。仲間をあっという間に屠られた怒りで勇者は剣を振り回すが、デコピン一発で吹き飛び、尻餅をつく。その光景から目を背け恐怖で駆け出すドレスの少女に向かって首を振ると地面が割れ、触手の様な鎌が絡み付き少女をズタズタに切り裂いて肉塊に変える。激しい悲しみで整った顔面を歪ませ、濡らしたローブの女は惨劇中に魔力を貯め、光の加護が宿った光線を放つ。しかし、死神に掴まれ、放り投げられていた傷だらけの女にそれは直撃し、女は声も上げる間もなくマフラーを残して消え去る。魔力を使い果たしへたりこむ女にゆっくりと近寄る死神。勇者は頭から血を流し背後から斬りかかるが勢い良く反転した死神の腹部への拳で血反吐を吐き、転がる。
「こ、来ないで…!化け物!」
細やかな抵抗で闇雲に杖を振るうが全て虚しく空を切る。
「死神様だって言ってんだろうが。クソアマ。」
平手打ちで杖を飛ばされ、その際に折れた手の痛みに悶えながらうずくまる。死神は容赦なく額を蹴り仰け反らせると胸をヒールで貫く。真っ赤な泡を吹いて倒れたローブの女を一瞥すると勇者へ顔を合わせ、舌を出して嘲笑う。
「はい、この間。たった一分でーす。一分で長く旅してきた仲間をころころされた気分は?最高だよねぇ。うんうん、超分かる。死は最高だぜぇ。ろくでもない運命から逃れられる。しかもだ。俺に目を付けられたからこんなに綺麗に散れる。もうさぁ、ブッ飛ぶほどに最高だよなぁ。」
返り血まみれで鼓膜が破けそうな程の大声で高笑う死神を血涙を流しながら睨み付ける。脳内で再生される仲間達の笑顔が血濡れの死に顔に変わった瞬間、足は死神に向かって駆け出しありったけの力を込めて剣を突き刺していた。
「そうそう、光の側の奴が憎しみで此方に寄る瞬間の顔。スッゲェ、闇の者としての仕事してるって思えるんだよなぁ。あばよ。」
腹部から煙を出しながらも、右手は勇者の頭を掴む。そのまま、自身の顔辺りまで持ち上げ、地面に強く叩き付ける。まだ、ビクビクと痙攣する勇者にニッコリと微笑み、その顔を踏み潰す。腹部に刺さった剣を引き抜き、わざとらしく腹部を抱えて痛がる。
「わーいたいよー。銀の剣なんて刺さったら死んじゃうよー。んな訳あるかっての。あー、穴空いた。まあ?俺は死神様ですからすぐに治るけど。」
立ち上がると傷も服も直っており、何事も無かったように大きく伸びをする。
「さぁて、この地に巣食う馬鹿を片付けに行くぞ。アンデッド。あと、ログ集め。」
対岸のログリッチがいた辺りに視線を向けるが破れたローブと包帯しか残っていなかった。
「…。あちゃー、これログリッチのご主人様に怒られるわー。まあ、いっか。俺悪くないもん。脆いログリッチがいけないんだもん。ご主人様…アイツは俺のダチだし許してくれるさ。うん。」
その後、死神は当初の予定通り他の魔なる者を片付けて帰ったが案の定、ログリッチの創生主である純血の吸血鬼に長々と説教を食らった。


「一つお聞きしても良いですか?」
全身包帯巻きで天蓋付きベットに横たわるログリッチが四肢をもがれ、ベット横の椅子にもたれ掛かる死神に変わらぬ声色で訪ねる。
「なぁに。あれでしょ。何で連れてったのでしょ?分かるよー分かる。」
「お話が早くて助かります。何故ですか。」
「ドレスの小娘いたろ。あれのログが欲しかった。うん、勇者ご一行様が来るのは想定内。あれだけな、人外でな…。つーか、シークレットログになんか書いてあったろ。読め。」
「ログは死者の足跡を辿る物。私の能力で生成される物。シークレットログは死者が知り得なかった記憶。魔王の腹違いの娘なんて情報が御入り用だったんですか?」
「んまぁね。他所で賭けしててな、あの土地で一番使える情報持ってきた奴が勝ちってやつ。お前の存在隠してーイカサマして無双する気だったんだよ。その前にこのザマだけどな。きゅーちゃんまじで鬼畜。まあ?俺は死神様だから?すぐにナカーマと合流して勝ちにいきますけれどねぇ!」
姿を元の幽体に戻して建物をすり抜けていく。
ログリッチはそれをいつも通り小首を傾げて見送るだけだった。

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