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こうして私と洗濯機は幸せに暮らしましたとさ。

先日、長年連れ添ってきた洗濯機がへそを曲げた。
最初は些細な素振りしか示さなかったのだが、私があまりにも鈍感だからか、より露骨に態度に表すようになってきた。
今までなら何も言わずおとなしく洗濯物を洗っていてくれていたのに、最近はなんだか小言のようなものをぶつぶつぶつぶつ言いながら洗濯槽をまわしている。
今までならだいたい30分くらいで洗濯終わって軽やかなメロディーを流してくれていたのに、最近は5分遅れや10分遅れなんてざらだ。ときには、いつまでも放ったらかしにしていて「あ、洗濯物、干すの忘れてた」と思って慌てて駆けつけてもまだ脱水してたりする。

「ははーん、さては何か怒ってるな」

私は思いつく限りの原因を列挙してみることにした。

・私がぜんぜん遊んでくれない。
・ご飯の量が少ない。
・おやつももっと食べたい。
・寒くなってきて散歩に行く回数が減った。

正直に白状しますと、洗濯機の不満ではなく、犬の不満になっていたことをけっこう最初からわかっていました。


そうこうしているうちに、洗濯機からは耳をつんざくような、大地を震わすかのような激しい警告音が鳴り出す。ビビービービービー! ビビービービービー! 何事かと思い見てみると、「あのさぁ、ぜんぜん水が入ってこないんだよね。これ、どういうこと? あんた、水なしで洗濯できると思ってんの? はぁ?」といったニュアンスのことが洗濯機の操作パネル上に表示されていた。

うまく給水ができなくなってしまったらしい。

【洗濯スタート】を押しても、洗濯槽がくるくるくる、くるくるくると回り続けるだけで水が一切たまらない。そのくるくるくるの様子をじっと見つめているうちに、私の目までぐるぐるぐる、頭の中がぐらぐらぐら、足下までもがふらふらふら、さあみなさん、ここらで一緒にフラダンスでも。

結局、修理をお願いすることにした。
「はい。ご注文はお決まりでしょうか」
「えっと、洗濯機の修理をLサイズで」
「はい? すみません。商品のお名前をもう一度お願いします」
なんて耳の悪い店員だと思い、私は手にしていたチラシを見返す。ふーん。やっぱマルゲリータもうまそうだよな。
「マルゲリータとシーフードのハーフ&ハーフで」


今度は間違えないようにメーカーのホームページから修理センターの電話番号を探す。
すると親切にも曜日ごと、時間ごとの受付混雑状況まで表示されていた。このとき、私がかけようとしていた時間帯は[混雑]らしい。

悪魔「へいへいへい! だいたいよぉ! 修理の受付が混雑しているってよぉ、メーカーとしてどうなの? 修理が混み合ってるって、それだけぶっ壊れてるってことじゃねえのかよぉぉぉぉぉ!!」

天使「ううん。そんなことないの。機械なんだから故障することだってあるわよ。故障したからすぐに買い替え、ではなく、修理をしてでも使い続けたいと思える性能の良さ。それこそが魅力なのよ」

私「まあまあ、落ち着いてピザでも食べようよ。そっちのシーフードのほうなら全部食べていいよ。え? いや、マルゲリータは私が」


そうして修理センターの人と何度か電話で打ち合わせ。このとき、ちょっと驚いたのが、向こうからの着信があり、ちょうどそのとき私は電話に出られなかったので、向こうでは「電話にでんわ」なんて言って爆笑し、数分後に私がかけ直したときのことだ。

「折り返しのご連絡ありがとうございます。お電話代がかかりますのでこちらからお掛け直しいたします」だって。
まあ、よくできたご対応で。そんなこと当然だとお思いになるかもしれませんが、これがなかなかそこまでのことはできないもんですよ。私が普段B to Bの電話しかしてないからですかね? B to CのCの立場になればそんなこと当たり前ですかね?
いや、しかし、私は感動した。こんなこと、子供の頃におばあちゃんの家に電話をかけたときに言われて以来のことだった。「あああああ!! かけ直す、かけ直す!! はいはい! 切るよ!! いいの、いいの!! あんたんとこ大変なんだから!!!」


そして、来てくれた修理屋さんもとても親切に洗濯機を直してくれた。給水機能を直してくれただけではない。内部まで診てもらい、もっと大きな劣化部分を見つけてくれた。
風邪のつもりで病院にいったら癌が見つかったような衝撃だ。

洗濯機の中のあそこのうんたらこんたらがどうだかこうだかで、その結果、洗濯機がぶつぶつと小言を言うようになっていたらしい。これをこのまま放っておくと、いつ逝ってもおかしくないとのこと。
私は即時決断した。「しゅ、手術を……お願いします!」
医師の目に鋭い力がこもる。私は彼に全てを託すと決めた。だが、ただ一つ―。「本人に告知はしないでいただけますか。気弱な奴なんで……自分がそんなに重たい状態だと知ったら、精神的にまいってしまいます」という話を本人の目の前でする。

手術は始まった。
医師が手を出す。「ドライバー」
額に汗が浮かぶ。「汗」
医師が手を出す。「ドライバー」
医師が両手を出す。「新しい部品」

だいたい30分にも及ぶ大手術の結果、洗濯機は無事に元の状態に戻った。

修理屋さんに感謝し、日頃働いてくれている洗濯機にもあらためて感謝の意を伝えた。
そして私は、もう二度とポケットにレシートとか入れっぱなしにしたままズボンを洗濯したりなんかしないぞ、と心に誓い、とりあえず修理屋さんからもらった領収書を置く場所がなかったのでポケットに入れるのであった。

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