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妖怪ネチガエにとり憑かれた私は、もう二度と右側の景色を見ることはできなくなったのでした

その日もいつもと変わらぬ朝をむかえた。そう。朝、目が覚めたときには微かな違和感程度だったのだ。それがまさか、あんな大ごとになるなんて……。

これは、まさか……。いや、そんなバカな……。そんなことあるわけ……。自分の身に降りかかった事態をどう受け止めれば良いのか、いまだ判断できない。だが、じわじわと背後に忍び寄るかのような違和感は、どうやらそれが実際にこの身に起きたことだと私に痛感させるのに十分な圧力を伴い始めていた。

これはもう受け入れざるをえない。否定しきれない。そうか、そういうことなんだな……。なかば諦めの気持ちを胸に、私は歯を食いしばり、涙を堪えた。
よし、わかった。認めよう。もう……抗うのにも疲れた。結論から一息に言ってしまおう。言って、楽になるのだ。

寝違えた。

これはもう、寝違えだ。誰がなんというおうと、寝違えだ。首が痛くて右側を向けない。殺し屋の皆さん、今がチャンスです。私の右側からピストルをバキューンと撃てば、いつものように飛んできた銃弾を指先でキャッチし「ふっ……。今、なにかしたか?」銃弾を床にバラバラ。ができない。
ちょっと待てよ。「今、なにかしたか?」より「止まって見えたぜ」のほうがいいか? どっちでもいいか。こんな妄想の一コマの言い回しに悩んだって詮無きことよ。

とにかく、首から右肩にかけてとんでもない痛み。少しでも首を動かそうもんなら「ぐわぁぁぁあぁぁあぁぁあああああぁぁああぁああぁぁあぁ! ぐぅうわあぁあぁあぁあぁあぁあっ!」と叫ばずにはいられないほどの痛みが走るのだぁあぁぁあぁぁぁぁあぁあぁぁ。

ほんと、徐々に徐々に痛みが増してきて、起床後二時間ほどで、痛みはピーク。
違和感程度にしか感じていなかった頃には、「あれ、肩こりかな」くらいにしか思っていなくて鼻歌交じりに磁気ネックレスをつけてみたりした。以前、ひどい肩こりがこれで治ったという経験に基づく選択だった。
だが、激痛に変わったあとは、もう磁気ネックレスなんか邪魔。
「あ、そういうレベルじゃない」と悟り、次なる一手を模索する。

「どけどけぃ! 磁気ネックレスなんかあっち行ってろぉい! 経皮吸収型鎮痛・抗炎症剤様のお通りだぁっ!」

私は腰にヘルニア爆弾を抱えていていつ爆発をおこすかしれない身なのだが、今回はそれが生きた。
病院でもらった経皮吸収型鎮痛・抗炎症剤がたくさんあったのだ。

経皮鎮痛剤っていい名前だよね。【皮膚を経由して痛みを鎮める】
単純に湿布っていうより、なんか痛みに効きそうだもんね。


とりあえず貼る。
だが即効性はなく、私はふとした瞬間に訪れる激痛に耐える生活を余儀なくされた。

まるでネチガエという妖怪が私の首にとり憑いてしまったかのようだ。
少しでもネチガエのご機嫌を損ねると、激痛が襲ってくる。
何をしててもちょっと角度を間違えると激痛。
「ぐわぁ! この首の角度もダメか!」と、座り方を直す。
「ええ!? この姿勢もダメ?」と三点倒立でご飯を食べるのを諦める。

このままでは私に安息などない。
一番痛くない体勢を探す旅に出ることにする。どうしたらもっとも首が休まるか。いろいろと試していく中で最良のフォームを固めていくしかない。

まずは、腕を前から上にあげてのびのびと背伸びの運動から。

おっと。間違えてラジオ体操を始めるところだった。

だいたい、運動して痛くないわけないんだからさ。もうやめようよ、そういうの。私が私に注意する。すると、私はおとなしく「はい、わかりました」と言い、自宅のカーペットの上でやっていたフィギュアスケートの動きの真似をやめる。

やはり、なにかコルセットのようなものが必要かもしれない。首の周りをがっちりと固定できるもの。
だが、自宅にコルセットの代わりになるようなものなど見当たらない。いくつかでてきた候補の中から~最優秀コルセットに近いで賞~を決めるしかないようだ。

もっとも姿かたちが近いのは、前に犬が足を怪我したときに動物病院でもらってきたカラーだ。あのエリマキトカゲみたいになるやつね。これならちょうど首に巻けそうだし、なにより動物とはいえ“病院”で支給されたものだということに信頼がおける。

どれ。試しに装着してみよう。私は自らの首にエリザベスカラーをつける。あ、なるほど。ふむふむ。たしかに、これをつけている間は、首から下はどこも舐められないね。どこかかゆいなと思っていっちょ舐めようかなってなっても、カラーがしっかりとそれを防いでくれるね。うんうん。ただ、これだとやはりストレスになるかな。犬も大変だね。次。

こちらも姿かたちがコルセットに非常に近いという理由でノミネートされました、トイレットペーパー。これを首にぐるぐると巻きつければ安定感抜群のコルセットに早変わりするのではないでしょうか。
どれ。試しに装着してみよう。ぐるぐるぐーる。ぐるぐるぐーる。あ、なるほど。ふむふむ。いい感じ、いい感じ。これ、すごいよ。ほんと、それっぽく見える! うわ! 見える見える!うんうん。これ、本当にそう見えてきた。もうどこからどう見てもミイラだ、これ。ミイラだ! 次。

はっきり言って、もうこれしかないでしょう。というか、それがあるならどうして最初から使わないのさあんたほんと出し惜しみするわね。

ドーナツ。
これ、首にすっぽりはめれば、ほら、もう完成。しかし、これにも欠点がある。私はドーナツが大好き。首にドーナツなんて巻いてたらそれはもうたまりませんよ。パクですよ、パク。ちょっとずつちぎってパク。まだ大丈夫かとパク。気がつけば首の周りがお砂糖だらけになってるだけ。
おかしいな。いいアイディアだと思ったのにな、ドーナツ。まあ、でも、現実的なことを指摘するなら、ドーナツの穴、小さくて頭入らないわ。
いや、なに急に普通のこと言ってんの。現実的なこと言うなら、~最優秀コルセットに近いで賞~を決めるしかないようだの時点で指摘して然るべきでしょうに。バカなことやってないで安静にしてなさいって言うべきでしょうに。

とにかく、本当にネチガエのせいで大変だった。
こんなことでは老後が思いやられる。
私「首も弱くなってるのかな。頸椎痛めやすいのかな」
妻「うんうん」
私「もともとヘルニアで腰は悪いし」
妻「うんうん」
私「そういえば、昔から膝も痛いし」
妻「うんうん」
私「髪の毛も少ないし」
妻「うんうんうんうん」
私「いや、髪の毛は冗談だからね!!」


と、こんな感じで家庭内の雰囲気もアットホームに変えてくれる妖怪・ネチガエ。初回ご登録のお客様は月額3,980円からお気軽にお試しいただけます。
Webからのお申し込みで、ご自宅にネチガエを郵送させていただきます。
それでは、皆さまからのご応募、お待ちしてまーす!(画面右下にネチガエが笑顔で手を振る様子)

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