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『BGM』をつくる旅──東北フィールドワークレポート〈2〉

『BGM』の構想を練るため2017年5月に行われたロロ主宰・三浦とミュージシャン・江本の旅を記録する東北フィールドワークレポート、第2弾は福島&宮城編。三浦の故郷・女川を目指していたはずの一行は古ぼけたカーナビに案内されてなぜか福島を走り続けることになり……?(文&写真・もてスリム)

*第1弾いわき編はこちら

いわきを出発したぼくらは仙台へ向かう。江本さんがiPhoneを触り、おもむろに音楽を流そうとしている。「1発目。今日1発目のBGMだ」と三浦さん。「難易度が上がるなあ」と苦笑しながら江本さんが流したのはオリジナル・ラブだった。

いわき駅から北上するとすぐに常磐自動車道に突き当たり、一度常磐自動車道に乗ればそのまま道路は仙台まで繋がっている。いわきから仙台は約150キロ。2時間ちょっと走れば到着してしまうだろう。

江本さんがセレクトした曲を聴きながら、車は北へと走ってゆく。流れる景色を眺めながら、流れる音楽に耳を傾け、昨日のことを思い出してダラダラと雑談を続けている。「でも、先生ってすごいですよね」と江本さん。「絶対できない気がする。三浦さんは大学とかで教えたりすることあるんですか?」。「大学はないけど、高校生相手にワークショップしたりすることはあるかな」と三浦さんは言う。実際、7月から三浦さんはまたいわきで「いわきアリオス演劇部」なるワークショップの講師を務めている。「でもやってみたいなー、みんなで曲をつくるワークショップとか。理論とか全然わかんないですけど」。江本さんと曲をつくるワークショップは何となくだが楽しそうだ。

いわきを出発してから1時間ほど経ったころだろうか。突然カーナビが喋りだす。「間もなく、出口です」。「あれ?もう出口だ」と驚く江本さん。「ウソついてんじゃないかー?これ」と三浦さんは訝しんでいる。急いでiPhoneでグーグルマップを開き現在地を確認するが、当然常磐自動車道はまだまだ続いていて、どう考えてもここで降りるのが正しいルートとは思えない。「江本さん絶対これウソついてるって」「違う線に乗り換えようとしてるんじゃないかと思うんですよ」「じゃあ信じますか?」

仕方なく高速道路を降りたぼくらは海の近くに向かうようカーナビに指示され、その通りに車を走らせる。本当にこの道が正しいのか検索しているうちに陸前浜街道にたどり着き、道に沿って北上していたところでやはりこの道が遠回りであることが発覚したのだった。そして窓の外の風景が少し変わってきていることに気づく。妙に草木が生い茂っているし、やけにひと気のない飲食店が多い。そう、ぼくらはいつの間にか福島第一原子力発電所の近くを走っていて、どうやらここは帰宅困難地域であるらしかった。

「初めて来た」「道間違えなかったら、絶対通らなかったでしょうね」。カーナビの道案内によってなぜか双葉町に連れてこられたぼくらは、不思議な驚きをもって窓の外の風景を眺めている。もはや常磐自動車道に戻るのも遠回りなように思え、車は陸前浜街道を淡々と北上してゆく。

しばらく走っていると一面の菜の花畑に遭遇する。特に何がしたいわけでもなかったが、折角だからと車を停めて少し休憩をとることにした。3人でフィールドワークを行っているとはいえ、運転できるのは江本さんひとり。三浦さんとぼくはただ江本さんが運転する姿を見ることしかできないから休憩は重要なのだ。車を降りるとあちこちから鳥の鳴き声が聞こえてくる。ひと気もなく、なんだか不思議な雰囲気が漂っている。

ぼくらは走りながら、どこかで常磐自動車道に戻る機会を伺っていた。ただただ遠回りをしているだけだということに3人とも気づいていたからだ。南相馬を超えたあたりで決心し、常磐自動車道へ向かって突き進む。カーナビがひたすらにぼくらを引き留めようとするが気にしない。もはや誰もカーナビのことを信じていなかった。

やっとのことで常磐自動車道へ戻り、仙台へ向かって車は加速する。三浦さんと江本さんはずっと話し続けている。ちょうど今向かっているのが三浦さんの生まれ育った場所だということもあり、家族の話にもなるのだった。「三浦さんは父親と仲良いんですか?」と江本さんが尋ねると、三浦さんは「どうだろ、一緒に遊んだりとかはないけど、昔よりは全然仲良くなったなあ。高校のときは嫌いすぎて、嫌いだっていう主旨の文章をノートに書いてたりしたもん」と語り出す。

当たり前だが、一緒にいればいるほど、会話した時間は増えていく。たとえ口数が少なかったとしても、会話の総量が減るわけではないのだから。車の走行距離が増えていくようにして、ぼくらのコミュニケーションの総量も少しずつ増えているのだ。好きな食べもの、家族構成、数年前の些細な思い出──少しずつぼくのなかにも三浦さんや江本さんの情報が溜まっていくのを感じていた。

気がつくとだいぶ仙台の近くまで来ていた。仙台東で降りると近くには地下鉄東西線が走っていて、だいぶ都会に出てきたような感覚が生まれる。「ここ、地下鉄が走ってますね、地下鉄東西線」と何とはなしにぼくが呟くと、「あれ?ってことはここ劇場と近いかもな。10-BOXってとこ。ここらへんのはずだよ」と三浦さん。グーグルマップを見ると10月に『BGM』を上演することになっているせんだい演劇工房10-BOXがすぐ近くにあることが判明した。もしかしたら窓口になってもらっている人とも会えるかもしれないとのこと。車を10-BOXに向かわせる。

10-BOXは倉庫や様々な企業の営業所に囲まれた静かなエリアに位置している。車を停めて挨拶に向かうが、残念ながら担当の人は席を外しているらしい。仕方がないから敷地の中を散策する。10-BOXとはその名のとおり10個のBOX=部屋からなる施設で、公演を行うための劇場だけではなく稽古場や資料室など演劇活動のために必要な設備が整っているらしい。もっとも、別の公演の準備が進んでいたこともあって建物の中を見ることはできなかったのだけれど。敷地内で見つけたマンホールを撮影した江本さんが、写真をInstagramにアップロードしている。江本さんは街なかで見つけたマンホールをせっせとInstagramにアップロードしているのだが、別にマンホール自体に興味があるわけではないらしい。「興味がない方が続けられるじゃないですか」と江本さんは言う。分からないこともないが、じゃあなんでマンホールを撮影しなきゃいけないんだろう?

車に戻ったぼくらは松島海岸へ向かう。特に何か目的があるわけではなかったが、三浦さんの思い出の地を巡るために向かうことになったのだ。適当な駐車場に車を停めると、松島観光が始まる。円通院、瑞巌寺、福浦橋──。真っ赤な福浦橋を渡って福浦島。いつの間にか江本さんはソフトクリームを買って食べていた。福浦島の中をグルグル歩き回っているとゆっくり日が落ちてくる。遊歩道を歩いていると道案内の標識の上になぜか緑色のサングラスが置かれているのに気がついた。「何これ?」「何かのメッセージじゃない?」。三浦さんがおもむろにサングラスをかける。たまたま緑色のコートを着ていた三浦さんに緑色のサングラスは合っていたが、サングラス姿を見慣れないせいかやけに浮かれて見えた。

明日は三浦さんが生まれた場所である女川に向かうため今日は石巻に泊まるつもりだった。しかし宿を押さえているわけではないので急いで今日泊まれる場所を探さねばならない。1泊数千円の安いホテルがあるぞと思って写真を見てみると、どう見てもアパートにしか見えない建物の写真が表示される。どうやら復興にかかわる企業の人々が長期滞在できるようにつくられたホテルのようで、実際、ホテルに着くと駐車場には軽トラやバンがたくさん停められていた。ガッシリした車ばかりが並んでいるせいか、ぼくらの軽自動車は些か浮いて見える。車のシート、ミニーマウスだし。

街の様子を眺めながら、ホテルから少し離れたスーパー銭湯に向かう。渋い外観のスナックや古ぼけた中華料理屋が誘惑してくるが立ち寄っている時間はなさそうだ。三浦さんは外の景色を見ながらあれこれ昔のことを思い出している。「シーガルって(関東に)あります?」と三浦さん。「ないですね。初めて聞きました。ゲーム屋ですか?」「そうそう、ゲーム屋。中学生のときめっちゃ行ってたな」。「ビッグボーイってこっちだと昔はミルキーウェイって名前だったんだよね」「えっ、じゃあビッグボーイ坊やみたいなやつは?」「妹みたいなのがいて。昔はミルキーウェイだったんだけど、いつの間にかひとつになってた。『また来ようね♪ミルキーウェイ♪』ってCMもやってて」。ファミレス、本屋、中古車売り場──ロードサイドに建ち並ぶお店はどこに行っても同じようなものばかりだが、東京と埼玉と石巻の景色はそれぞれ微妙に異なっているのだ。「じゃあ、上州屋は?」「上州屋は、東京にもあります」。いや、やっぱりどこも似たようなものなのかもしれないけれど。

ホテルに戻って今日の作業に取り掛かる。フィールドワークのために曲をつくらなければいけないのはもちろんのこと、三浦さんも江本さんも別の仕事を抱えているようで、時折お互いの様子を監視しながら作業を進めている。三浦さんがあれこれ悩んでいるので作業している姿を眺めていると、部屋の隅に置かれたスーツケースが目に入る。それが何だかおかしく見えるのは、スーツケースの中に入っているのが洋服ではなく本だったからだ。洋服と本、ではなく、本。本だけ。10冊近い本がスーツケースに詰め込まれている。聞けば旅行に行くと本が読みたくなるそうで、色々な本を旅先に持っていくような癖があるらしい。三浦さん、じゃあ着替えはどこにしまってるんだろう……。

折に触れて雑談しながらそれぞれの仕事を進め、夜が更けていく。気がつけば朝4時。まだみんな起きている。アパートみたいな外観のホテルは部屋の中もアパートそのもので、間取りとしては3K、一人一部屋ずつあてがわれたぼくらはルームシェアをしているかのようだ。まるで旅行のようにして始まったフィールドワークが、今度は日常生活へと姿を変えてしまった。明日もまた、別の何かに姿を変えてくれればいいのだけれど。これ本当にフィールドワークになっているのかなあ……と思っていたらいつの間にか眠っていて、朝になっていた。

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もてスリム|MOTESLIM
1989年東京生まれ。編集者/ライター。
おとめ座。よく食べ、よく歩く。
@moteslim
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