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『BGM』をつくる旅──東北フィールドワークレポート〈1〉

2017年5月、ロロ主宰・三浦直之とミュージシャン・江本祐介は『BGM』のために車で東北を巡った。物語と音楽をつくりながら福島、宮城、山形……と各地を巡った6日間は『BGM』にどんな影響を与えるのか?行き当たりばったりの東北フィールドワークレポート、初回はロロや江本祐介とも縁の深い福島県いわき編。(文&写真・もてスリム)

2017年5月17日26時。常磐自動車道を北上する軽自動車の助手席で、ロロ主宰・三浦直之が9月に上演される新作『BGM』の構想をポツポツと話している。「江本さんにやってもらう役は2パターンくらい考えてるんだよね。ひとつはヒッチハイクの……」。ハンドルを握っているのは、『BGM』の音楽を担当し俳優としても出演するミュージシャン・江本祐介。江本さんはケラケラ笑いながら三浦さんの提案に耳を傾ける。平日深夜の東北自動車道は空いていて、何にも遮られず車はスイスイ進む……って、なんで車に乗って走ってるんだっけ?

そう、『BGM』は旅の物語になるというから、旅の物語の準備をするために旅をすることになったのだ。東京を出発し、福島、仙台、石巻、山形、会津を巡る5泊6日の旅。旅をしながら江本さんは曲をつくり、三浦さんはテキストを書く。つくったものを現地のどこかで披露できるとなおいい。ほとんど何の準備もないまま当日がやってきて、終電で草加駅に集合し車に乗り込んだ。まるでそこらへんにドライブへ行くような感覚でこの旅は始まる。

車は、福島県いわき市へ向かって北上していた。三浦さんが2016年に卒業公演の作・演出を手がけたいわき総合高等学校(以下、いわ総)の生徒たちの前でパフォーマンスを披露できることになっていたからだ。たまたまロロの板橋駿谷さんもいわきにいることがわかり、駿谷さんもパフォーマンスに参加してくれることになった。だからまずは駿谷さんのもとを目指す。

草加といわきは意外と近い。3時を過ぎるころには駿谷さんと合流することになっている勿来駅のあたりに着いてしまった。仕方がないからコンビニの前に車を停め、コーヒーやエナジードリンクを飲みながら、江本さんは曲をつくり三浦さんは詞を書く。30分ほど経ったところで誰もいない道路の向こう側から見覚えのあるシルエットが近づいてくる。駿谷さんだ。時間が早すぎるから何もすることがなく、とりあえず日の出でも見るかということで海に向かうことになった。時刻は4時前。日の出は近い。

10分ほど走るともう海に着いてしまう。海沿いに建っている旅館は一部屋だけ明かりがついていた。砂浜に足を取られながらみんなで波打ち際に進む。どうにか日の出の瞬間には間に合い、みんなでじっと水平線を眺めていると、太陽がゆっくりと顔を出し始めた。しかし、すぐ雲に隠れてしまう。「太陽、イカついなー!燃えてる感ハンパねえなアイツ。ハワイも明るいだろうなあ、今頃。ここまーっすぐ行ったらハワイだもんな」。駿谷さんは豪快だ。

太陽と海を背景にして、集合写真を撮る。太陽は半分くらい隠れていたけれど。車に戻って、駿谷さんがいま泊まっているという親戚の家に向かった。車を降りて家の中に入るのかと思いきや、ぼくらはなぜかまた別の海に向かって歩き始めるのだった。

幼いころから馴染んでいる土地をみんなと一緒に歩いているのが楽しいからなのか、駿谷さんからは止め処なく思い出話が溢れてくる。近くの小学校の校庭で毎年開催される花火大会の話、田んぼ道が舗装される前に歩いていたときの話、医学部に通う友達が2浪6留している話……ちょうど駿谷さんはテレビドラマ『絶景探偵』の撮影を終えたころだったそうで、ドラマの思い出話も披露してくれた。ゲラゲラ笑いながら海沿いの道に辿り着く。視界の端っこの方にさっき日の出を見た浜辺があって、そこに向かって真新しい堤防がスッと続いている。2011年の震災を機につくられたものらしい。みんなはただ眼前の海を眺めている。さっき出たばかりの太陽は、いつのまにか随分高いところまで上っていた。

駿谷さんの家に戻って仮眠をとると、駿谷さん思い出の地を巡るいわき市内ツアーが始まった。まず最初に向かったのは「おもちゃのトダ」。随分と昔から続いているおもちゃ屋さんだそうで、店内ではファミコンのソフトが当時の価格のまま売られていた。3人はワイワイおもちゃを物色している。三浦さんが駄菓子屋でよく売られているようなソフトグライダーとお面を、駿谷さんがプラスチック製のバットとボールを購入した。

そこまで時間がないのにあれこれと行き先を詰め込んだせいでいわきツアーは忙しない。おもちゃのトダのあとは江本さんが行きたがっていたドムドムバーガーへ向かう。大きなスーパーに一角につくられたドムドムバーガーはどこか懐かしい。折角だからとテイクアウトにして近くの公園で食べていると、ポツポツ雨が降り始めた。腹ごしらえを済ませたら今度は「いわき市石炭・化石館 ほるる」だ。ここは三浦さんもかつて駿谷さんと訪れたことがあるらしい。いつの間に覚えていたのか、駿谷さんは学芸員さながらの丁寧な解説を披露してくれる。ほるるはコンパクトながら意外と楽しめる施設で、子どもがずっと遊んでいられそうな遊び場「いわきっず もりもり」も併設されているのだが、とにかく「いわきっず もりもり」の語感がいいとみんなで盛り上がったのだった。いわきっずもりもり。雨足が強まっている。

いわ総の先生に教わった回廊美術館を目指して車を走らせているうちに雨は上がっていた。回廊美術館は小高い丘の上につくられた野外美術館。なぜか「アルプスの少女ハイジ」のオープニングに出てくるような大きなブランコが巨木に結びつけられていて、眼前に広がる田園を見下ろしながらブランコで遊べるようになっている。それが丘の端につくられているものだから、本当にハイジのブランコのようなのだ。ブランコのロープは軋んでおり、ロープが切れて丘の下に放られてもおかしくなさそうなのがまた怖い。駿谷さんが三浦さんをけしかけて真っ先に乗らせようとする。怖いけど意外と楽しいよと話しながら駿谷さんに乗らせてみると、駿谷さんが一番大きな声をあげて怯えているのだった。駿谷さんは高いところが苦手らしい。おもちゃのトダで買ったバットとボールを使って遊ぼうとしたが、キャッチボールの1ラリー目でボールは丘の下に転げ落ちていき、どこかに消えてなくなった。

回廊美術館でパフォーマンスの構想を練りつつも、いわき駅へ向かってホテルへチェックインする。駅からほど近いホテルは妙に古びていて不気味だった。1つの部屋に集まって、パフォーマンスへ向けた準備を進めてゆく。江本さんはギターの調整をしている。駿谷さんは横になっていた。三浦さんは立ったり座ったりしている。リラックスしているようでもあるが、緊張しているようにも見えた。

いわ総に着くころには日が傾き始めていた。駐車場に車を止めて校舎に向かうと3階の窓から生徒たちが手を振っているのが見えた。いわ総は何かと縁の深い学校だ。前述のとおり2016年夏に行われたいわ総芸術・表現系列の卒業公演『魔法』の作・演出を手がけていたのは三浦さんだし、その作品の中で江本さんの「ライトブルー」という曲が使われている。『魔法』をきっかけとして三浦さんと江本さんの交流が深まり、その後「ライトブルー」のMVもいわ総を舞台として撮影している(もちろん、MVの演出を担当したのも三浦さんだ)。そしていま、『BGM』の音楽を江本さんが手がけているわけで、ダサい言い方をするなら、いわ総は「はじまりの場所」のようなものだ。

校舎の中に入ると芸術・表現系列を担当している斎藤先生が待っていて、3階の教室へ案内してくれる。そこは『魔法』の稽古が行われていた部屋であり、「ライトブルー」のMV撮影時に撮影スタッフが作業していた部屋でもあった。教室に入るとすでに数十人もの生徒が待ち構えていて、歓声をあげてぼくらを迎えてくれる。教室の隅に目をやると、校長先生も椅子に座ってこちらを眺めていた。『魔法』に出演していた生徒たちはすでに卒業していたが、何人か駆けつけてくれたようで、制服やジャージではなく私服姿になった彼女たちは妙に大人びて見えた。

生徒を前にした三浦さんがおもむろに語り始め、パフォーマンスが始まる。昨晩のドライブから今朝の日の出までを辿るようにして始まったパフォーマンスはどこかドキュメンタリーのようでもあったが、次第にドキュメンタリーではなくなっていった。このパフォーマンスも『BGM』には影響を与えるのだろうか。パフォーマンスが終わると、折角だからと質疑応答の時間が設けられ、生徒からいくつか質問が飛び出した。あれこれ話をするのが好きな駿谷さんは高校生の質問に応えながら彼らの爆笑をさらっていく。校舎を出るとすっかり暗くなっていて、妙な高揚感が続いたままみんなはいわき駅前の飲み屋街へと流れ込んでいった。


翌朝、昨晩深酒をしたりホテルに戻って仕事をしていたりしたせいで遅くまで起きていたみんなはなかなか起きられない。ホテルの朝食を食べる時間はなさそうだ。フロントに降りて、チェックアウトの手続きを済ませる。どうやら駿谷さんはいつの間にか帰っていたらしい。ホテルを出て駐車場に向かい、また車に乗り込んだ。次の目的地は仙台。Bluetoothで接続した江本さんのスピーカーから、曲が流れ始めた。

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もてスリム|MOTESLIM
1989年東京生まれ。編集者/ライター。
おとめ座。よく食べ、よく歩く
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