よこはま

③とける

外の雨はところかまわず降りしきっていた。交差点のこっちがわも、横断歩道の向こう側も、右手の運動公園へ続く坂道のずっと先も、左手の橋を渡って駅に続く大きな道路も、全部にまんべんなく天から水滴が注ぐ。きっと自然のものだから、むらはあるとおもうけど。

私は、傘をはずした。撥水加工の布に当たる音は、傘を閉じるととたんに消えて、周りの世界にあるアスファルトや車のボンネットや、木の葉っぱや、植え込みの土や、商店の張り出した屋根、そして私の腕や髪の毛、あらゆる部分に当たる、あらゆる異なる雨音の協奏曲となった。私のピンク色のシャツはみるみる濡れていき、肌に張り付く。

新鮮な水を得て生き返るような、原始的な生物の悦びようなものが私を満たした。行きかう車は色を取り戻して、紺色や赤やこげ茶色のインクを足元の水たまりに落とし続けながら、すごい勢いで交差点をはねていく。私は足元の草やガードレールに近いところで、ひたすら水を浴びて午後の、夕方の光のない白い曇った背景にべたっと張り付いている。段ボールの切れ端になったみたいに。

冷たい雨に疲れたようなバスがやってきた。私はこれに乗るつもりで待っていた。

と、ここまで書いて私は喫茶店の窓の光に手が触れていることに気がつく。黄色と茜色の中間色。雨が止んで、雲しかなかった空に、晴れ間が広がりつつある。店の中には、私しかいない。もう四時だ。雨だから何もできない、と言っていたあの人は、買い物にでも出かけるだろうか。この喫茶店から見える交差点を渡るのだろうか。それとも、私との会話に辟易して、暗い家でじっとしたまま、夜を迎えてしまうのだろうか。

何を書いていたのか、さっぱりわからなくなってしまった。西日の中をあの人が歩いてきたら、私のところにやってくるのではないから、思う存分、その後姿まで今は見続けることができる。

きっとあの人は雨上がりの商店街を歩き、傘を閉じて手に持った多くの人たちの中を買い物して回るに違いないと思って、交差点を一望できる喫茶店から動けないままでいる。


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