②とける

おそくなりました。

いえ、もう来ないと思っていたので安心しました。

来ないつもりでしたが、雨が降って、行きたいところもやりたいことも特になくなってしまったので、こっちに来ました。

お昼ご飯は、もう食べましたか？

いえ、まだです。

これから、どこかへ食べに行きませんか？

いえ、ここで結構です、お話というのはなんでしょう。

時間がかかるかもしれないので、でもいいか、ここはピザとかカレーとか軽食もけっこうおいしいんですよ。私もお昼がまだなので、頼んでしまいましょう。

私はあなたの顔を見ながらご飯を食べてもおいしくないので、いりません。お話というのは。

私はもしかしたら、あなたが誤解をしているのではないかとおもって。もしかしたらあなたは、私が浮気をしたとか、思っているのではないのでしょうか。急に私が嫌いになったというのは、理由を教えてもらえないと、今後の私の恋愛にかかわってきますからね。また、同じことをしでかさないためにも教えてください。

いえ、他に理由はなく。嫌いになったというのは、すみません、はやく別れたかったから言い方をきつくしたまでのことで。

ではあなたが他に好きな人ができて、私から離れたかったとか、そういうことですか。

いえ、私は海外旅行にいきたくて、あなたに一人で旅行に行くことを許してもらう、という行為がほんとに無駄だとおもったのです。

いったらいいじゃないですか。旅行にいくぐらいであなたは恋人と別れるんですか。

いえ、あなたがいるとどこへ行くにも許しがいる。

親だって、恋人だって、何も言えずに消えたら不安でしょう。

じゃあなた、私がいまから海外旅行に行ってきます、と急にいって、ああではいってらっしゃい、と送ってくれますか。

どこへ。一人で行くのですか？

一人です。ギリシャです。

いつまでですか。

もうだめ。行きたいからいくのです。これ以上は答えを持っていません。

あなた誰とも付き合えないですよ。

あるいはそうかもしれません。…すみません、レモネードと、モンブランください。

すみません、コーヒーのお代わりをください。

あれ

あれ？あの絵知ってますか。有名な絵でしょうか。

ジョルジュ・ブラックです。あなたが知っているはずないわ。

教科書とかに載ってなかった？私は見た覚えがある気がするんです。

有名だけど、たぶん日本人の９割は知らない気がします。

それで有名といえるの。

絵の世界では、ということです。絵の世界、なんて興味ない人がほとんどでしょう。絵の世界に興味のある人の世界では、９割がしって…いや１０割ですね。知っているべきです。

あなたは、自分の生き方はいきあたりばったりなのに、そういう自分の大切な分野については、かなり知識や常識やらにとらわれている。知らない人もいるでしょう、絵が好きでも。

そうね。そうかもしれません。でも、そうやってむらがあるのが、人間といものですから。

疲れた。そういえば、あなたといるといつも疲れていました。やはり、別れて、正解だったのかも。

合わないんです。私たち。

好きなら寄り添っていけそうなものだが。

あなたのその、価値観に合う人がいますよ。

ーーーお待たせしました。

珍しい組み合わせだね。

どっちも好きなの。

ぼくもモンブラン食べようかな。

頼んだら後悔しますよ。カレーにしなさい。

雨が降っている。二人の横に広がるガラス窓一面に水滴が当たり、時折吹く風に乱れて、窓にできた川の様に横に流され、そこにまた水の粒がみるみる当たり砕けていく。メニュー表を開いて男はあたまをもたげ、カレーにしようかと考えている。女は、体をひねり、後ろの油絵を見た。抽象的な絵の構図はてんでばらばらな形の面がささったり離れたり寄り添ったりして、でも視点をずらしてぼんやりと眺めるときれいなバランスの取れた世界を描いているのだった。

ギリシャには、何があるの？

人と、歴史と、大地。

無いものは？

情報。パブリックな情報。顔を突き合わせて話すうわさ話や、実際に自分が訪れて知る事でしか世界は広がっていかない。それが正しい世界認識だと私には思えて仕方がない。