よこはま

①とける

小さくなった氷がつるり、と机をすべって落ちた。
足元の床で溶けていく。グラスの中の氷は、もうすっかり水になった。立派な油彩画が正面にあるので、暇つぶしに眺めようと目を凝らす。
絵の真ん前には、大きな水色の花瓶にユリのような白くおおらかな花が活けてあって肝心の絵がよく見えない。その絵をどこかで見たことが有るような気がしたのだけど。模写だろうか。

喫茶店のドアがぎぎっと開いた音がしたので、再び期待を込めて振り返ると、ようやく相手が現れた。いつの間にか外は雨だったようで、ドアが開いてからずいぶんたって雨音が店内に入り込んできた。
そういえば、雨音がきこえる前に、その店に音楽が流れていたことに気が付いた。昔の歌謡曲だった。知っている曲だった。だけどもう思い出せずに、耳が雨音ばかり拾う。
入ってきたその人は、かさをかさ立てに差して、レジの女の人とちょっと話し、自動ではないドアを「おっと」というふうに引いた。
ドアが閉まり、幽霊のように雨音は向こう側へ吸い込まれていった。店内がにぎやかになった。流れていたのはビートルズだった。歌謡曲じゃない。

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