かんらん

救い

あるところにお姫様がおりました。
庭の井戸のところで、空を見ていました。
夕暮れの青が、空気の上に水彩絵の具を重ねるように、じわじわと濃さを増します。足元の雑草が見えづらくなり、お城の窓からは、ほっかりと柔らかい黄色の光が洩れています。広い庭のあちこちで、外灯がつき始めました。山の隆線が、月の光に照らし出されて、惑星の表面みたいに凹凸を見せます。

ずうっとこの景色を見て育ったのでした。広い庭は散策しても尽きませんし、ここから眺める風景はダイナミックで素晴らしいものです。お城は大きいけれどたくさんの人が働いているので寂しくはなく、みんな親切で、たまには面白おかしいおじさんや、街の情報にやたら詳しいお姉さんもいて、飽きません。

湖のほとりまでいくと、月が水面に光の道しるべを映して、風の立てるさざ波がその光の帯に階段のような模様をつけている。遠くまで行きたいと思うこともあるが、ここの景色だけでもまだまだ味わいつくせないのです。

本で読んだモロッコとか、パタゴニアとかの気候の違う国にも、お姫様はいて、彼女たちもみんな私と同じように、庭から世界を眺めているのだろうか。

ある日とうとうお姫様は、湖の中へ入り、月の光の道を通って外へ出ていこうとしました。

はじめて外から丘に建つお城を見て、その風景はあまりにも完璧で美しかったのです。その中にお姫様である自分がいないことが完璧さに水をさしてしまったようで、申し訳なく思いました。山に囲われたお城からさらに遠ざかり、空へ向かってお姫様は階段をのぼりました。ここからならモロッコもパタゴニアも見えそうです。

一気に一番上まで駆け上がって、世界を一望すると、ほんとうに光の粒が何万と水の流れのように集まったり散らばったり、星座が生きて動いているかのような感じがしました。

お姫様は急に寂しくなりました。自分がいない世界がこんなに完璧であると、仲間外れになったような気がするのです。

帰り道は消えていく、透明になってしまいそうな光の階段でした。ああ、消える、と思ったら、お姫様は冷たい夜の水のなかで、ぱっと目を覚ましました。最初に見えたのは、雲に消えようとする月。こっちをその弦の横目で確認して、お姫様がなにかを言う前に口を手でふさぐように、すいっと雲へ光が吸い込まれていったのです。

それから、また庭に立って夕暮れを見つめる日々が始まりました。湖の中へはもう入っていきません。きつくお妃さまには怒られました。それでも、行ってよかったと思っています。なんとなく息苦しいときも、自分はあの光の粒の一部なんだ、モロッコやパタゴニアのお姫様たちと同じ光の粒なんだ、と思えば、寂しさは減るのです。


いつも見て頂いてありがとうございます。サポート頂いたお金がもしたまったら、マンガの本をつくります。