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24年間自動車流入を抑制しているスペインの都市「ポンテベドラ」

case|事例

スペインの北西部に位置するポンテベドラ市は、フェルナンデス・ロアーズ氏が1999年に市長に就任して以降、24年間にわたって市内への自動車流入の抑制を続けている。市長就任当初、ポンテベドラ市は、大気汚染や若年世帯の流出、地域経済の低迷など様々な都市課題を抱えていた。ロアーズ市長は、J.ジェイコブスの「アメリカ大都市の生と死」や「ブキャナンレポート(Traffic in Towns)」などを読み、市内の渋滞する道路から自動車を取り除き、市民に開放することを決断した。当初、自動車の流入抑制は都心部の歴史地区からはじめ、徐々にその範囲を広げ、路上駐車区画の撤去や歩道の拡張を進めていった。現在、ポンテベドラ市の街なかは、あらゆる世代の人で賑わい、広場で会話を楽しみシーフードに舌鼓をうつ光景に溢れている。また、その一方で、路上駐車区画や平面駐車場、信号機を見ることはほとんどなくなった。

このポンテべドラ市の24年間の取組みから、5つの示唆が得られる。

一つ目は、「カーフリー」は「自動車を使わない」という意味ではないということだ。ポンテベドラ市は、必要不可欠な自動車交通は許容しており、特定の自動車は通行できる。例えば、市民は自宅の車庫まで自動車で乗り入れられるし、来街者も料金を支払えば地下駐車場を利用することができる。また市は、都心から徒歩圏の周縁部に無料の駐車場を確保している。障害者はもちろん許可を得れば自由に自動車が使えるし、荷捌き車両も一時的な駐停車を許可されている。またポンテベドラ市の現在は、24年来、着実に自動車の利用を抑制する施策を行ってきた成果であることを忘れてはならない。着実にコツコツと路上駐車区画を撤去し、道路空間の再配分で歩道を拡張し、道路ネットワークの再編で通過交通を排除してきた。結果として、1999年から歴史地区では97%、市全体でも47%も自動車でのトリップが減少している。

二つ目は、カーフリーな環境が安全な環境を創出するということだ。ポンテベドラ市は自動車の流入抑制の中で、交通静穏化も進めている。市内の速度制限は30km/hに設定されているし、バンプも300ヶ所に設置されている。結果として衝突事故は減少し、重傷者も激減した。2011年以降、交通死亡事故は1件も発生していない。また、自転車レーンもほとんど整備されておらず、歩行者へ配慮した利用を呼び掛けている。

三つ目は、カーフリーな都市であることが新たな移住者を惹きつけるということだ。流入抑制を開始する前、ポンテベドラ市の人口は横ばい傾向で、都心部には若者やお年寄りの姿はなく、治安の悪さも感じられていた。しかし、自動車利用の抑制がはじまり、カーフリー環境が整ったことで状況が一変した。今ではガリシア州でもっとも人口増加率が高く、市外からの移住だけでなく、郊外部から都心部への引っ越しも増えている。特に、若い世帯は安全な道路環境や空気のきれいさに惹かれている。世界的に自動車の流入抑制は、安全性を高め、環境や生活の質を改善するという文脈で語られがちだが、都市の再生に寄与することが伺える。

四つ目は、自動車をなくすことで地域経済が潤うということだ。歴史地区は、現在、商業で活気づき、人通りに溢れ、空き店舗はほとんどない。しかし、1990年代は他の先進国の都市と同様に、郊外化に伴う都心の衰退に苦しんでいた。市長は、地元商店への投資という考えで、自動車の流入抑制と併せて、郊外へのショッピングモールの立地を抑制しており、就任以降、1件も郊外へのショッピングモール建設を許可していない。

五つ目は、カーフリーな環境を創り出すことが政治的な勝利につながるということだ。自動車利用の抑制はヨーロッパで逆風が吹き始めている。バルセロナやベルリンでは、新しく就任した市長が前任の政策方針を撤回し、速度制限や自動車の流入抑制策をやめている。英国のスナク首相も低速ゾーンへの反対を表明している。一方で、ポンテベドラ市長は、スペインの中でも特に保守的な地域で24年間市長の座を守り続けており、市民に望ましい環境創出が、結果的に政治的な勝利につながることをあらわしている。

https://www.fastcompany.com/90952175/this-spanish-city-has-been-restricting-cars-for-24-years-heres-what-we-can-learn-from-it

insight|知見

  • 長期政権は、権力の私物化などを理由に一般に批判されがちですが、ポンテベドラ市の事例からは、ひとつの政策方針の下、長期にわたって施策を実施し続けることで、劇的に都市が生まれ変わることを示す好例のように思います。

  • これは行政的な都市計画だけではなく、民間企業のまちづくりや都市開発事例にもいえることだと思います。急速な社会の変化!とか激動の時代!、VUCAを生きる今!を理由に、ビジョンをコロコロと変えがちですが、ストックとしての施策効果は蓄積されて行かないような気がします。

  • 国家百年の計ではないですが、都市も街も一朝一夕で劇的に変わるものではないので、変えてはいけない軸の施策や取り組みはコツコツとやり続けたいですね。