Vol.6 good job!むすめ。フランスで鶴の一声ならぬ鶴の大絶叫。
雪から逃れグルノーブルの仮住まいへ到着。
安心したのも束の間、今度は家のセントラルヒーティングが爆発。水浸し。
ビシャビシャ状態の床を掃除していたその時、ドアのインターフォンが鳴った。
ドアの向こうにはすらりと背の高い男性が立っていた。
彼は下の階の住人で、天井から水が漏れているのでおかしいと思って訪ねてきたようだ。
あぁ、やっぱり、下の階の人だ。
きっとものすごくお怒りで、その上フランス人のことだから皮肉を込めてクールに苦情を言いに来たに違いない…などと、焦りのあまり、偏見にまみれた想像をモクモクと膨らませる私。
こうした非常時は、普段思考ににのぼってもこないような偏見や固定概念が浮上し、自分がとてつもなく嫌な奴に思え、自己嫌悪に浸る。
ドアを開け対応する夫を横目で見つめながら、ハラハラとする気持ちを抑えるが如く、私は後から後から流れ出てくる水を無心ですくっては捨て続けた。
とその時。
給湯器から溢れていた水が急に止まった。
おや?どうした?何があった?
どうやら夫は訪ねてきたその男性に教えてもらい、水道の元栓を閉めたらしい。
あぁ、そうだよ。そうだよね。
元栓を閉めればいいだけのことじゃない。
それって、漏水対応の基本でしょう。
というか、日本で同じシチュエーションだったら、とりあえずググってすぐさま元栓を閉めているでしょう。
何をやっていたんだか。
水が出なくなったセントラルヒーティングを覗き込むと、滴り落ちる水のその奥に、焼け焦げて寸断された、パイプを見つけた。
どうやらそこから水が溢れ出ていたようである。
下の階の男性は心配して、水を拭くためのタオル類を持ってきてくれた。
そして、私たちがまだグルノーブルに来たばかりなのだと聞くと、お気の毒に、という表情を浮かべた。
彼は一緒に暮らしているパートナーの女性を呼んできた。
彼女はオーナーさんと知り合いらしく、事情を話すとオーナーさんに連絡を入れてくれた。
ありがたいこと。
このマンション(フランスではアパルトマンというのかしら)は、民泊の仲介業者を介して借りているけれど、連絡しても拉致があかなかった。
運が悪いことに、この日は土曜日。
土日は会社をお休みする習慣のフランスでは、現地の会社はやっていない。
しかも、日本の会社へ問い合わせをしたところで、時差がある。時は深夜だ。
レスポンスがすぐには返ってくるはずなどない。
だから、オーナーさんと直接連絡が取れるというのは、その時の私たちにとって本当にありがたいことだった…!
フランスまでの道のりで再三にわたり実感したが、やっぱり、いざというとき頼りになるのは目の前の人なのだ。
オーナーさんとの電話を終えた女性に話を聞いてみると、どうやら少し前にも同じように、セントラルヒーティングのパイプが焼き切れて漏水したことがあったらしい。
えぇぇぇ…!
色々と思うことはあった。
しかし、この時の私の願いはただ一つ。
安心して寝かせて欲しい。
もう今は細かいことはどうだっていい。場所もどこだっていい。
だから、今夜安心して眠ることのできる場所を早く確保してくれ…!
すごく疲れているし、それに寝室でスヤスヤと眠っている娘のことが気がかりだ。
少し経ってからたくさんのタオルが入ったバスケット片手に、オーナーさんがやって来た。
世界中を旅しているらしく、陽気でバイタリティ溢れる女性、という印象だった。彼女は部屋につくなりすぐさまセントラルヒーティングを点検して、あちこちへ忙しなく電話をしていた。
結局、今日中に復旧することは難しいので、今夜はどこかホテルに宿泊した方がいいという結論になった。
そして、アパルトマンから少し離れたところのホテルの一室を予約してくれたが、あとはご自分たちでどうにかして、という雰囲気となった。
またしても、えぇぇぇ…!!
である。
でも仕方がないのだ。
そもそも今回のようなケースは民泊サービスの保証の対象外らしいし、本来なら、オーナーさんが対応しなくてもいいように仲介業者がいるのだ。しかしその仲介業者が出てこれない。
やっとおろした重たい荷物を持ってホテルまで移動することを考えると気が滅入るが、オーナーさんと会えて連絡が取れて、かつ、ホテルをとってもらえただけでもラッキーじゃないか、と自分に言い聞かせる。
心の中でため息をつく。
安堵のため息をつけるのはいつになることやら。
諦めの表情で玄関のドアを開け出ていくオーナーさんを見送っていた、その時でした。
「ママ…!!」
「マーマァーー!!!!」
目が覚めたら誰も近くにいないことに気づいた娘が、大泣き絶叫しながら寝室から飛び出してきたのだ。
絶妙なタイミングであった。
「Oh! Bebe!!」
子どもに優しいフランス人。
まるで掌を返したように、対応がガラッと変わり、荷物を車に乗せ、私たちをホテルまで送ってくれることになったのでした…!
good job!
good jobむすめ。
オーナーさんはまた何やら忙しそうに、誰かと電話をしている。
今度は、彼女の旦那さん。
どうやら、ディナーの最中に抜け出してきたらしい。
みんな生活があるんだよなぁ。
そうだよね。私たちは旅ではなく、生活をしにきたんだよね。
フランスの、フランス人の、生活の中へ入っていくんだ。
オーナーさんの後ろ姿を見ながらそう思った。
ホテルについて荷物を下ろすと、お腹がなった。
その夜は、小さなネパール料理屋さんのお惣菜をテイクアウトして、小さなテーブルで取り分けて食べた。
カレー味の鶏肉と野菜の炒め物と質素な炒めご飯。
何だか無性にお米が食べたかったのだ。
本当は日本食が食べたかったけれど、美味しそうなお店が見つからず、
この際、日本米でなくてもいい、とにかく米が、米が食べたい!
そう切に思ったのだ。
まだこちらの食生活に慣れていないのもあるが、疲れた身体は郷土の味を自然と欲するのでしょう。
料理のぬくもりを掌で受け止めながら、簡単なアルミの四角い容器を袋から取り出す。ピッチリと容器にかぶせられたアルミホイルを剥がした瞬間、フランスでもない日本でもないエスニックな香りが顔に触れた。
冷たい水を拭いつづけた上、冷たい外気とに晒され、
緊張しながら深々と冷えていた身体がフッと緩んだ。
あぁ、お腹減った。
ものすごくお腹が減った…!
色々あって本当に大変だったけれど、
この日のこと、
フランスに来た感触、
ずっと忘れたくないなぁ。
お腹が満たされ、ホテルの窓から外を眺めると、すぐそこに大きな広場があり、
クリスマスのマルシェ用の小さな木の小屋が並んでいた。
グルノーブルの街にも、少しずつクリスマスの足音が近づいてきているようだ。
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