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ロードスターRF 試乗記 ~後編~

~こちらの記事は前編からの続きになります。まだ前編を見てない方はぜひそちらからご覧ください~


そして、私はギアをドライブに入れて車を動かした。そのロードスター然とした運転席の眺めに思わず左足を動かしたが、この車はATである。

こうして動かしてみると、MT車のクラッチミートにはエンジンとの呼吸を合わせるという楽しみがあったのだなと気づく。人馬一体に則って表現するなら、右足でエンジンに鞭を入れつつ、左足でそのご機嫌を伺いながらクラッチを繋ぐといった具合だ。

スロットルやブレーキの感覚はとても自然だ。スロットルに関してはトヨタやスバルのように初期応答性が高すぎるといったことも、またメルセデスのようにかなり踏み込まないと前進しないということもない。これは以前乗ったマツダ3も同様であるが、近年のマツダ車の美点の一つだと思う。ペダルはオルガン式だ。普段私が運転する車はすべて吊り下げ式なのでオルガン式に違和感がないといえばウソになるが、人間工学的に正しいのはオルガン式のようなのでこのままで良い。


次はパワートレインの話だ。ロードスターがこれまで無視してきた、車の運転の楽しさに大切な唯一の要素はエンジンであろう。コスト削減のため、銅排気量の大衆車のエンジンを持ってくるといった戦略をとっていたことが災いして、NCまでのロードスターのエンジンの吹け上がりの悪さは誰が乗っても明らかなことであった。しかし、NDロードスターでは好評のスカイアクティブ-Gが搭載され、ロードスターで初めて気持ちよく回るエンジンが搭載されることになった。ソフトトップモデルの国内向け車両ではNCの2リッターから1.5リットルというロードスター史上最少排気量へのダウンサイジングがなされた。しかしながら、今回試乗したロードスターRFでは海外仕様と同じ2リッターのエンジンが搭載される。このエンジンは2018年までの前期型でこそ158馬力と、NCロードスターにも劣るような出力値であったが、マイナーチェンジ後に184馬力となり、文句なしのロードスター史上最高出力車となった。

この2リッターエンジンは1.5リッターモデルと比較してレブリミットは600回転分ほど下がって6900回転となっている。1.5のパワー感とレブリミットからするに、1.5リッターエンジンのほうが、速度域的に日本の公道でも上まで引っ張って楽しむことができるうえ、レブリミットも高いため特にMTとのマッチングが最高であろう。とはいえ、今回の2リッターエンジンもパワー不足感がないのは当然のこと、オーバーパワー感もなく手の内でクルマを走らせるロードスターの愉しみを十分に感じられた。試乗日は雨かつ市街地コースだったため、パワーを試すようなことはなかったが、成人男性が2人乗って、上り坂で少しアクセルを踏み込んだだけで余裕の加速を見せた。また、吹け上がりの良さも評判通りで、低いギアで高回転までエンジンを引っ張ってもトルクバンドを過度に感じることもなく、NAエンジンの良さを多分に非常に滑らかな回転であった。

ここで全編から引きずっていたATの話に移ろう。この車に搭載されている6速トルコンATは、スポーティな演出のためか私が思っていたより上まで引っ張るような印象であった。シフトショックは少ないが滑り感の少ない出来のいいトランスミッションであったと思う。MTモードでの変速はさすがにラグはあるが実用に耐えうるレベルであると思う。

ここで、ロードスターにATはアリなのか、という話である。この車に乗る限り、このトルコンATのダイレクト感は十分なものである。ただ、私はこの車に乗っていて、MTのロードスターでエンジンのご機嫌をうかがいながらクラッチミートをする感覚が恋しくなってしまった。スポーツカー、特にロードスターはクルマとの対話を楽しむの乗り物である。ATであることによって、車と対話する手段が一つ減ってしまったようで私は寂しかった。私の中の結論としては、ロードスターはできる限りMTで乗りたいというものになる。


次は快適性の話だ。まずはロードスターの弱点である静粛性である。特にロードノイズ。これは先代NCロードスターのハードトップモデルですら一般的な車と比べれば不十分と言わざるを得ない箇所であったが、この車では見事一般車並みの静粛性に抑えてきた。その甲斐もあり、スポーティな排気音だけが車内を包み込む。ちなみにセールスさん曰く、この排気音も幌モデルと比べて静かでジェントルに仕立て上げているらしい。確かに、程よくスポーティで車に乗っている感をスポイルすることなく、不愉快でない程度の音量に抑えてあった。

余談ではあるが、この排気音の演出というのが私は好きだ。というか、日本車の排気音への考え方が気に食わない。欧州車に乗っていると、走行時にブォーと角の取れた低めの排気音が聞こえるのが分かる。しかし、日本の多くの実用車は低めの排気音を取り除いてしまう。その結果として、走行時の重厚感は希薄になってしまうし、踏み込んだ時にやむを得ず入ってきてしまう排気音は軽くてチープであるし、相対的にロードノイズも目立つ。そもそも排気音で赤子が泣き止むというような話もあったが、ほどよい排気音は人に安心感を与えるんだと思う。そりゃ騒音計を持ってきて車内の騒音を測れば排気音を確実に取り除いた方が低い値は出るかもしれない。ただ自動車を運転するのは騒音計ではなく人間だ。だから、人間が心地よく感じるチューニングを施すべきだ。こういう場面で、日本車は演出という観点においてまだなかなか欧州車に追い付いていないなと思う。

話がだいぶ逸れたがこの車ではその辺りの演出も含めて騒音の演出は見事だ。ただし、試乗日が大雨だったので気づいたのだが、屋根を雨粒が打ち付けるとかなりの音でポコポコと天井から音が聞こえる。オープンカーなので仕方ないが、ほかの部分の静粛性が高いだけに少し残念であった。

乗り心地自体は以前助手席に乗った幌のNDロードスターと比べても柔らかい印象を覚えた。このあたりからNDよりマイルドな味付けにしたいというマツダの考えがうかがえる。


最後はロードスターの肝、ハンドリングの項目に移ろう。まずはこれはディーラーから道に出るときに既に感じていたことであるが、低速での感覚はロードスターそのものであった。その次の交差点での右折もしかり。電動パワーステアリングの戻し側のアシストが強すぎて、個人的な感覚には合わないものの、これは慣れで解消することができるであろう。

このロードスターRFの車重は1100kgである。これを聞くと重いと思うかもしれないが、私の乗っているNBロードスターも1080kgある。そこから考えると、このロードスターRFの車重は見事としか言いようがないのが分かっていただけるだろうか。

「ロードスターは軽量だ!」みたいなことを書いてある記事を見かけることがあるが、それは誤りだ。また、ライトウェイトの象徴たるロータス・エリーゼもほとんどのモデルが900kg以上の車重を有している。ザックリ言えばこれらの車の重さ自体はN-BOXやタントと変わらないし、それと同じか少し少ない車重帯にスイフトスポーツなどのホットハッチが軒並み並んでいる。さらに言うならば、2000年代以前のホットハッチなら900kgを軽々と切ってくるような車種ばかりだ。つまり、現代ライトウェイトスポーツは軽量というより、軽快なだけであるのである。

さて、そんなロードスターの亜種であるロードスターRFで、私は少しばかり高いスピードでコーナーに侵入してみた。その時だった。

車は激しくロールし、コーナー内側が浮くような挙動を見せる。そして私の体、特に頭部に激しくコーナー外側へのGがかかった。

往々にして重心の高い車に乗ると体全体が持っていかれるような感覚になる。しかし、この車の場合は着座位置とロールセンター、重心などの関係だろうが、体全体というより頭部から肩にかけてが大きくゆすられる感覚であった。

いずれにせよコーナリングがいいとは言えない。

おそらく、乗り心地の項で述べた通り、この車のアシ、特に減衰が非常に柔らかいのであろう。また、タルガトップ化によってルーフだけで幌車と比べ45キロの車重増となっているようだ。感覚としては幌車の上に中学生一人が乗っている感覚だろう。そりゃ重心は高くなるよな...。しかもそこにマツダは乗り心地向上のために柔らかい脚ときた。コーナリング性については泣きっ面に蜂状態か。

ただし、この場面でも全く不安を感じないレザーシートのサポート性は大したものであると思う。


もちろんこの車に対するマツダの狙いは理解できる。ピュアスポーツで従来のロードスターの正常進化版を望む層には幌のロードスター、そこまでのスポーツ性は要らないからオシャレなオープンカーが欲しいという層にはロードスターRFということだろう。そういう意味ではきっと私が乗ったVSのATというグレードはロードスターRFの本来の姿であるように思う。私ががっかりしたのはこの車をロードスターだと思って乗ったからだ。この車はロードスターが元来持つ最低限の快適性と本格的なスポーツ性のうち、前者のみに注力した仕様なのだ。つまり、この車は―タルガトップ車の宿命なのか—911におけるタルガと全く同じように、ピュアスポーツカーをベースにしたスペシャリティカーであり、小型グランドツアラーなのだ。

それならばスペシャリティカーとしてこの車を再考しよう。この車は内外装ともに質感も高く、美しい。乗り心地も申し分ない。でも荷物が置けない。スペシャリティーカーたるもの、助手席に女性が乗っても自分のジャケットやカバンを置いておく場所、そして何より助手席の女性の手荷物を預かる場所が必要である。だが、この車の場合、そういった荷物を女性に持たせるか、あるいは一度車を降りてトランクに回るという無粋な真似をせざるを得えないのである。

そんなことなら450万円をこの車につぎ込むより、300万円でプジョーRCZを購入してくることをおススメする。この車も美しい内外装と快適な乗り心地を有しており、そして何より2人分の手荷物が置ける、あるいは首のない人間が2人座ることができるリアシートと広大なトランクがある。確かにこの車は現在、新車販売がされていないが、300万円で程度のいい中古車を購入してお釣りが来る。ならば、ロードスターRFを買わないことで浮いた150万円で女性と豪遊をするほうを私なら選ぶであろう。

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