見出し画像

歩を進める

はじめに

Bon jour!

僕は今、JOCVの2022年度4次隊、障害児者支援の隊員としてセネガルに来ています。

セネガルのことやセネガル人のことを僕はまだ何も知らないし、本当のことは何も分かりません。
なので、セネガルに来た一人の日本人の勝手な感想や想いだと思って、読んで頂ければと思います。

Jour 424 - 476

6月20日-8月11日。
6月20日に一回これを書いて、続きを書いたのは今日(8月11日)。

Tabaski:タバスキ

6月16-17日。
セネガルでは、イスラム教最大のお祭りである「Tabaski:タバスキ」がありました。
僕にとっては、去年も参加させてもらったので2回目です。
去年は、職場の同僚のお宅にお邪魔しましたが、今年は近所のお宅にお邪魔させてもらいました。
また今回、16-17日と書いたのも、16日(日)にタバスキを行う家庭もあるし、17日(月・祝)に行う家庭もあるそうです。
実際に、僕のお隣さん(勝手にママと呼んでるお家)は16日に実施していて、僕が参加した近所のお家は17日でした。
ラマダンの時も、人によって開始日が違ったり、終了日もいろんな事情で違っていたので、そういうゆるさはセネガルなのかな?と思ったり、それはそれでいいなと思いました。

タバスキの始まる前や当日のことは世界日記に書いているので、そっちを参照してもらって。

これからも自分のペースで、現地の人たち同じ時間を過ごして、同じものを食べて、同じ景色を見て、同じ経験をすることを大事にしていきたいなと思います。

28歳

28歳になりました。アラサーです。笑
セネガルで迎えた2回目の誕生日。
今年も前日から後日に至るまで、色んな人に祝ってもらって、嬉しかったです。お祝いしてくれた方々、メッセージなどくれた方々、ありがとうございます。
頑張ります。

特別授業

8月8日(木)。
「ティエス」にある「教育養成校」で、教育分科会として「特別授業」を実施しました。
といっても、僕は分科会のメンバーとして参加させてもらっただけです。
企画や準備、運営や当日のサポートなどしてくれた人たちがたくさんいます。ありがとうございました。
特別授業を終えて、公務実施報告書なるものを昨日の夜中にずっと書いていました。
当日を迎えるまでと、当日含めた3日間で色々なことが頭をよぎって、言葉にしたいけどできなくて、Wordに打ちながら、「こんなこと思ってたのか」と気づくこともたくさんありました。

改めて、綴ってみます。

今年の3月に、「教員養成校での特別授業」開催(案)の話を初めて聞いた際には、自分の職種(障害児・者支援)経験(日本で『教員』として活動していたわけでもなく、教員免許を持っているわけではないなど)の観点から、「教員」を目指す学生たちに、自分が技術的な支援などをできるのか?などの不安と懸念もあり、個人的には不参加の意向でした。
そこから、自分自身の隊員活動を進めていくのと同時に3号報告書、配属先での中間報告資料などをまとめていく中で、気持ちの変化が生じました。
また、分科会内で不定期に実施しているオンライン分科会にて、実際に教員養成校で活動をしている先輩から、養成校での授業内容や養成校が抱える課題なども伺いました。
他にも、同じ教育分科会に所属している隊員同士でざっくばらんに話し合う中で、それぞれの任地や学校で、『困っている子どもたち』が多数、存在していることを知りました。
そういった多くの理由から、「障害児・者支援」という職種として自分にできることや、これから「教員」を目指すセネガルの学生さんたちと、セネガルの教育現場において「困っている子どもたち」への理解を進めるための一歩になればと思い、参加を決めました。
参加を決めてから、当日を迎えるまで「どういった切り口で『障害』『インクルーシブ教育』『障害と開発』などという点で、養成校の学生さんたちに特別授業を実施するか」は個人的にとても悩みました。
実際に特別授業を実施するギリギリまで、「本当に、この内容で良かったかな?」と疑問もありましたが、当日の学生さんたちの表情や質疑応答などの反応などから、特別授業を終了した瞬間は「やって良かった」と実感しました。
また、同じグループメンバーの2人からも、前日の予行練習終了後も色々とアドバイスも頂いたおかげで、楽しみながら特別授業を実施できたと思っています。

普段の活動で自分自身が「教員として授業をする」ことはありますが、どちらかというと突発的な事情で行うことが多いです。
なので、「模擬授業として見本を見せる」「授業内容の構成」などの技術的支援をする機会は限られているし、自分自身の経験としても皆無に等しかったです。

反対に、教育分科会に所属する隊員のほとんどが「教員として授業をする、活動をする」などをメインに活動をしているため、特別授業の内容をグループ内で話していく中で、日本やセネガルで「教員として授業をする、活動をする」上での、自分にはない視点や知識、経験を共有してもらったことは、とても勉強になり、面白かったです。
今後の自分の活動においても、「教員として授業をする」セネガルの同僚たちと活動を共にしていくので、今回の経験を生かせたらと思います。
また、他のグループの特別授業の内容は見学できなかったですが、当日のスライドや、授業見学をしてくださった専門家さんよりコメントやメモやなどを共有していただきました。

それぞれの隊員がどんな意図で、特別授業を実施し、その発表内容に至ったのか、その詳細は分からないです。
その中で、セネガルの障害児・者支援の現場で子どもたちと関わる一人の隊員としては、自分一人では手の届かない領域、知識や経験の技術移転や教授をする上で、敵わない・もどかしい思いをする分野などは、諦めるしかない現状がどうしてもあります。

僕自身の活動においても、今すぐに変わることは難しいかもですが、特別授業終了後に、全隊員に向けて、専門家さんより「こうした授業がセネガル全土のCRFPEで行われたら、この国の教育が変わっていく」とコメントをもらいました。
フツーに嬉しかったです。
前でも後ろでも、横でも上でも下でもいいから、歩を進めている限りは大丈夫かなと思いました。
一人一人が目の前の活動を続けることで、ちょっとずつ変わっていくんだなと改めて、気づくことができました。

さらに、実際に自分が授業をする中で、「ディスレクシア(文字の読み書きにおける障害の一つ)を知っていますか?」と学生さんたちに投げかけたところ、手が挙がったのは、合計でもたしか2人だけでした。


もちろん、日本でもまだまだ認知が広がっていないのが現状ですが、自分の予想以上に知らない人が多かったのは驚きでした。
活動先の同僚たちには、まだ聞けていないので、バカンス明けに質問しようと思ってます。

他にも、「障害とは何か?」「障害者とは誰か?」といった質問を特別授業に入る前と後の2回しました。
身体的特徴だけでなく、目に見えない障害も特別授業の中で紹介をしたので、どんな変化があるかなと期待して入れ込みましたが、返答があった学生さんたちの多くは身体的特徴(目が見えない、耳が聞こえない(→実際には「聾唖者」のような差別的用語でした)身体の一部が欠損している)や「一日中、介助やヘルプが必要(面倒を見る必要があるというような言い回し)」、僕が紹介した障害(自閉症やダウン症など)をそのまま挙げるといった内容が挙げられました。

聞き取れなかったことも、僕が間違えて解釈している部分もたくさんあるかと思いますが、セネガルの人たちの等身大の素直な感想や返答が聞くことができたのかなと思うので、今後のアンケート結果も参考にしながら、残りの隊員活動に生かしていきたいと思います。
さらに、これまでの活動においては「知的障害や発達障害について」などといった報告書といった形で、同僚たちやセンター長に伝えることが多かったです。
特に、同僚たちの多くは自分たちには知識がある前提で僕と話をすることや、自分たちには専門性があるという自負が良くも悪くもある中で、真っ向からぶつかるよりも、彼らの想いを大事にするために僕自身の行動や姿で「伝えていくしかないのかな」と思っていました。

そのため、何よりも僕自身が一番、セネガル人に対して「障害」をテーマにプレゼンや研修をすること(自分から研修やプレゼンという形で、セネガル人に対して発信をすること)は、隊員活動の中で想定していなかったことでした。
変化の矢印としては遠回りになるかもしれませんが、違ったアプローチでセネガル人に対して、今回の特別授業を通して実施することができたのは個人的に嬉しく思います。
それと同時に、自分の活動先でも、「プレゼンや研修をやってもいいのかな」と選択肢として考えるきっかけになりました。

それとやっぱり、これまでのセネガルの「障害児・者支援」隊員において、教員養成校にて授業をした隊員は、存在していないので、今後の「障害児・者支援」隊員や、それに類似する職種の隊員にとっても、一つの事例になればと思います。
今回の特別授業の企画や準備、サポートなど含めて、関わってくれた方々に感謝しています。ありがとうございました。

長くなっちゃったので、今回はここまで。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?