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1986年のプログレ的風景(番外編):寒空の下のピーター・ガブリエルの初来日に、いろんな意味で涙する

 ジェネシスのInvisible Touch、それにピーター・ガブリエルのSoが売れまくって驚愕していた1986年ですが、年の後半になって、さらに狂喜すべきニュースが飛び込んできたのでした。それが、ピーター・ガブリエルの初来日なんです。

 ジェネシスは1978年に初来日していたのですが、そのときはすでにヴォーカルはフィル・コリンズだったわけで、ピーター・ガブリエルこそ、当時のジェネシスマニアにとっては、未だ見ぬカリスマだったわけです。しかも、この年、Sledge Hammerの全米No.1の大ヒットまで飛ばした直後ですよね。もう長年のジェネシスマニアにとっては、正直咀嚼できないほど、いろんなことが起きた1986年だったわけなんですが、その年の締めくくりにふさわしいとしか言いようがない、ビッグニュースだったのです。

 ところが、このときのコンサート、はピーター・ガブリエルの単独公演ではなく、いろんなミュージシャンが出演するチャリティライブだったのですね。ライブの名称としては、Hurricane Irene(ハリケーン・アイリーン)という、なんだかよくわからないタイトルが冠されていて、さらにJAPAN AIDというタイトルもついていたのです。これはまあ、世界的に話題となった1985年のライブ・エイドに引っ掛けたのはわかるのですが、結局何のチャリティかすらわからないまま、チケットを買っておりました。動画には、「平和のためのチャリティ」とか書いてありましたが、結局どこにチャリティされたのでしょうね? このときはTBSが主催で、そのためにプロショットの映像が残っていたりするわけなのですが、結局チャリティとしてはなんかよくわからないイベントだったわけです。(当時も、ピーター・ガブリエルが呼びかけたみたいな宣伝文句を聞いた覚えがあるんですが、本当にそうだったんでしょうかねぇ…)

 こうして、1986年12月20日、21日という暮も押し詰まった時期に、それも神宮球場という野外でのコンサートという、なんかありえないような状況でのライブが行われたのです(ほんとに寒かった!)。このライブ、2日間に渡って行われて、日によって微妙に出演者が異なるのですが、わたしが見た21日はこんなメンツでした。

  • サンディー&ザ・サンセッツ

  • Stas Namin

  • Nora Hendryx

  • Youssou'n Dour

  • Jackson Brown

  • Lou Reed

  • Little Steven

  • Howard Jones

  • Peter Gabriel

  • 甲斐よしひろ

動画にクレジットがないのですが、わたしが見た21日のものだと思います。20日のピーター・ガブリエルはPAの不調で、突如ピーター・ガブリエルがピアノの弾き語りをするというアクシデントがあったそうですので。

 JAPAN AIDと言うだけあって、日本のミュージシャンも参加していたのですね。わたしが見た日は、日本からはサンディー&ザ・サンセッツと甲斐よしひろだけでしたが、初日の20日にはレベッカや白井貴子も出演したそうです。

 ただこのとき、わたしにはどう見ても、ピーター・ガブリエルこそがこのイベントにおけるスーパースターだと思ってましたし、周囲もみんなそうなんだろうと思い込んで、いさんで会場に行ったわけなのです。ところがなんです。

 このとき、寒空の下で、ピーター・ガブリエルのときも、それほど盛り上がった感が感じられませんでした。多分このとき、海外組の中で一番盛り上がったのは、ハワード・ジョーンズだったように記憶しています。こんな感じでライブが進行して、そして、この日のトリの甲斐よしひろが登場したとたんに、ドッカンドッカン前の方の客が盛り上がるのです。

 このとき、甲斐よしひろは、甲斐バンド解散後の初ソロステージだったんですね。ここでようやく分かったのですが、アリーナ前席を多数占めてた人のほとんどは、甲斐よしひろ目当てだったのです。

 これにはちょっと唖然としてしまったんです。まあ、そういう事情なら甲斐よしひろファンが盛り上がるのもしょうがないとは思うのですが、でもね、これはいくらなんでもピーター・ガブリエルに失礼なんじゃないかとさえ感じちゃったのですよ(^^;)。

 こうして、21日の神宮球場のライブは、トリの甲斐よしひろが、ほとんどひとりで最後に盛り上げて終わったのでした。まあ、貫禄見せつけたみたいな感じになったわけなんですね。そして、甲斐よしひろが最後の最後に「どんなもんだ」みたいな雰囲気を出して、ピーター・ガブリエルと肩を組んでフィナーレというのを見て、「畏れ多いだろ…頭が高い…」と心のなかでツッコミを入れてしまったのは、わたしです(甲斐よしひろファンの皆さんごめんなさい)w

 まあでも、とにもかくにも、ピーター・ガブリエルを生で見ることができて、感動の涙を流したのはホントなのです。ライブではけっこうピーター・ガブリエルがピアノを弾いてること、キーボードの人がステージ上にもフェアライトCMIをもってきて演奏してること、それにベースのトニー・レビン、さらにゲストの Youssou'n Dour とか。とにかくこの時期のピーター・ガブリエルバンドを堪能することが出来たのでした。

 蛇足ですが、このとき、1曲目のRed Rainの演奏がはじまったとき、トニー・レビンは、長髪のヅラを被っていたんですよね。ところが、曲間のメンバー紹介のところで、ピーター・ガブリエルが On Bass, Notorious Tony Levin ! とか言って、いきなりこのヅラを剥ぐというパフォーマンスがあって、このときはちょっと会場が沸きました(笑) 彼が生で演奏する In Your Eyes を聴いて、この曲の合間にすごく低い声で In Your Eyes と入る声が、トニー・レビンの声だったというのは、この会場ではじめて認識したわけなんです。

 まあ、ピーター・ガブリエルの初来日というのは、こういう感じだったのですよね。1978年にジェネシスが初来日したときは、「客入るんだろうか?」と心配したのに、蓋を開けたらあっという間にSold Outして(まあ中野サンプラザクラスの会場ではありましたが)、追加公演までやっていったというのに、ピーター・ガブリエルのときは、こんな状態で、12月末のクソ寒く、空席もちょっと目についた神宮球場、あげくに甲斐よしひろやハワード・ジョーンズより盛り上がらないなどという仕打ちは、なんだかなあ…という涙目状態だったのでした。ほんとピーター・ガブリエル、日本では相変わらず人気ないのを、しみじみと感じさせられたのでした。



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