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「伝承」

 「わらべうた」赤羽末吉・偕成社

 柚山明子さんは国分寺在住のわらべ歌伝承者。柚山さんのCDに出会い楽しく聴いていたが、この度、柚山さんご本人からわらべ歌を教えて戴く機会があった。
 明朗でユーモアのある語り口。張りのある声。繰り返し一緒に歌っていると、わらべ歌の波に捉えられ、体ごと、ゆうらりふわりと揺すられている気分だった。
「こんこんちきちき、こんちきちん、お山のうさぎです」。輪になって座り、手を繋いで歌った。「お山の○○です」と一人一人が自分の名前を入れて自己紹介をした。名前を告げる人もあれば、「タヌキです」「子豚です」と動物の名で答える人もいた。大人の集まりなので「山姥です」と名乗るつわものもいて、みんなの笑いが広がった。
「なーみなーみわんわちゃくりゆーちぬさーちぬはなもーもー」。これは沖縄のわらべ歌。手を繋いでひっくり返ったり、揺すったりして遊ぶ。本当に波と戯れているような心地よさだった。声を合わせて、わらべ歌を歌ううち、遥か遠くに置き忘れてきた童の心が戻ってきた。わらべ歌はどうしてこんなに、楽しいのだろう。心に響くのだろう。
会が始まる前、柚山さんと絵本の話になった。好きなわらべ歌の絵本は、赤羽末吉さんの『わらべうた』だと仰った。たったひとつのお椀が描かれているページがあり、読んでもらった時にそのお椀から湯気が立ち上っているように見えたのだと、しみじみと語ってくださった。絵から立ち上る湯気の温かさを描いた赤羽さん。その湯気を感じた柚山さん。たまらなくその絵が見たくなり、図書館で絵本を探した。表紙には見覚えがあったが、中身は覚えていなかった。椀の絵を探して、ページを繰っていくうち、思わず「あっ」と叫んでしまった。
たっぷりとした黒塗りの椀。中は赤漆。金の縁どり。正面に桃の絵。そして、椀の縁からほんのりと桃色のぼかしが。なんて豊かな、福々しい椀。ああ、湯気が見える、見える。そのページの歌は「江戸子守うた」だった。「柴の折戸の賎が家(しずがや)に/翁と媼とすまいけり/翁は山へ芝刈りに/媼は川へ衣すすぎ/日ごと日ごとのなりわいに/水ぎわすずしき五十鈴川/流れをくだる桃の実を/ひろいとめしはそなたなり」川の流れのように清々しい言葉。子どもが理解するにはちょっと難しいかもしれない。でもこんな言葉を、寝入りばなにさらさらと歌ってもらったら、意味など関係なしに、言葉はすうすう体に沁み込んでいくだろう。
 上質の和紙を様々に工夫して使ってある赤羽さんの絵は、格調高い。すっきりとシンプルな絵でありながら、一つ一つの絵が濃いのは、そこに時間が封じ込めてあるからだ。昔々から今に至るまでの時間が。絵を眺めているだけで、知っている限りの懐かしい景色や声や空気が、紙の向こうから滲み出してくる。祖母の着物の色や大黒柱の色やかまどの匂いや柱時計の音、鶏の羽音や夕焼けの色、鴉の声など……。
「からすからす勘三郎/あの山火事だ/鳶口ふってはしれ/生まれた山をわすれるな」「ほうほう蛍こい/赤い頭巾に黒羽織/提灯とぼいて/でておいで」わらべ歌は、童の歌と書くけれど、決して子どもだけの歌ではない。歌いながら大人は子どもに返り、風土と溶け合う。「頭で覚えるのでなくて、頭を空っぽにして体に浸みこませて」と柚山さん。
浸みこんだ歌が、本当にふとした拍子に口からこぼれて来て、嬉しくなった。


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