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アナログとデジタル

アナログとは連続的という意味である
デジタルとは離散的という意味である

よく誤用されやすい用語に
アナクロというものがある
アナクロニズムとは時代錯誤という意味だ

まだ紙とペンで業務管理なんてしているのか?
アナログだなー

というのは間違いなわけである
本来は「アナクロだなー」が正解

そんなことはさておき
アナログとデジタルの違いについてである

アナログとは連続的な変化を表す
アナログ時計の秒針をよく例えに出される
連続的に変化している時間を目で見ていると
1時から2時への移り変わりには
秒針が円を描くという連続性をもって表現されているように感じる

ではデジタルとは何か
離散的に変化している状態を指す
数学で整数を扱う場合
1から2へは間に連続性を持たず扱われる
デジタルの世界では中間が省略されているのだ

さてこれが一般的な
アナログとデジタルの解釈であろう

アナログとは生物が観測する自然状態であり
連続性が時間・運動の経過を表し体感している
デジタルとは機械計算や思考の中に存在する
連続性を省略した概念である

では人間に限らず
すべての物体を最小単位まで分解して考えると
この論理は成り立つだろうか?

分解といっても
我々が存在するだけで
すでにその最小単位が積み上がって
我々を成していることは前提する

すべての物体の最小単位は量子である
量子はその状態を人間の目視で観測するまで
その状態を確認出来ないという性質をもっている

これは世界で一番美しい実験とされる
二重スリット実験からも明らかだ

そもそもこの実験は光が量子であるなら
その量子が波の性質を持つのか
粒の性質を持つのかを観測するためのものであった

光量子仮説はアインシュタインが
相対性理論の前提条件として光の性質を定義するために唱えたものだ

実験の詳細はこうだ
光を一粒ずつ照射出来る装置があって
二つの平行の隙間(スリット)がある壁に向かって照射する
スリット壁の向こう側には光が当たると反応するフィルムがある
これでスリットを通った光の粒が
粒の性質を持つのか波の性質を持つのか確認しようとしたわけである

結果はどうであったのだろう
フィルムには干渉縞と呼ばれる波の性質を示す結果が現れた

ここで光が波の性質を持つと結論付けるのは早い
なぜなら光の粒は一粒づつ照射しているのに
干渉縞ができてしまったからだ

波が干渉しあうのは自身の波動に自身が干渉してしまうからで
1粒の光子が片側のスリットを通過した時
何に干渉されて縞模様を描いたのかがわからないのだ

しかしこれを観測する術は現在まで見つかっていない
というよりも観測するのはほぼ不可能だと結論付けられている

なぜなら光子を観測するために
観測者である我々自体が光子に影響を与えてしまうからである

そのため1粒づつの光子を照射している事実と
干渉縞がフィルムに残ったという事実はあるものの
それがどのような過程で何が影響したのかは確認のしようがないのである

そのため量子の世界では
観測する時点まで粒の性質と波の性質が
同じ確率で重なり合っていることになる

これを不確定性原理という

粒の性質と波の性質の二重性について
一つの解釈では
片側のスリットを通り抜けた光子は
もう一つのスリットから通り抜けた光子によって干渉を受けた
という解釈がある

これが量子論におけるパラレルワールド理論である

量子は常に粒と波の両方の状態が
観測するまで完全に重なりあっており
世にいうシュレディンガーの猫状態となっているのだ

そしてそれは互いの状態と常に干渉しているため
実際に起こる事象に影響をするという説に繋がる

世界には量子の確立のように無数に
ほぼ変わらない平行世界が存在しており
互いに少しづつ干渉しあっている

だとして
我々がそれを目に見えて実感する日は
恐らく来ることはないように思う

なぜなら人間が観測できるものには限界があるからだ
超感覚でも追いつかない
観測領域で何が起きていても
それを観測出来ない以上考えるのは無駄なようにも思える

例えば
宇宙の端にいるとされる我々が
人間の寿命では絶対に辿り着けない
宇宙の中心にあるとされる
超巨大ブラックホールを目にすることは物理的に出来ない

なぜなら人間が視覚出来るのは
光によってだけであって
光を吸収するブラックホールを物理的に認識することは難しい
宇宙の大部分が光り輝くような巨大な大爆発でも起きないことには
観測は不可能だしその観測可能な可視光線が地球に届くまで
300億年程度はかかるだろうから
その頃には地球はそもそも存在していない可能性の方が高い

話が大幅にずれ込んでいるので元に戻そう
量子の世界は今まで述べた通り
観測するまでわからない離散的な世界である

離散的
つまりはデジタルなわけである
観測上その連続性を認知できない世界

その集合体である我々に見えているこの連続性は
一体どう説明すれば良いのだろうか?

量子の世界では時間や空間の概念がない
エントロピーは常に増加し続けているから
その増加の過程を観測しているに過ぎない

アインシュタインがニュートンの完全時間や完全距離を否定したように
量子論がアインシュタインの空間や時間の歪みを否定する

私がこの力学理論を最初に目にした時
こう解釈をした

世界には量子が満ちている
それは宇宙空間も含めたすべての空間で
量子はそもそも運動などは行っておらず
量子そのもので満ち足りているだと

不足があるなら暗黒物質(ダークマター)の存在を証明する必要があるし
実際に物体が完全消滅(ヴォイド)するのであれば
宇宙空間で絶えず大爆発が起きているはずだから
それも考えにくい

であるならば
空気や質量を持たないすべての物質も
その満たされた量子によって構成されている以上
量子そのものがあちらこちらに移動することは考えにくい
※無の空間や質量の大きい小さいで物質が移動して見えるのは
 そもそも無という空間に移動が可能だという概念が前提であるからである

では運動を行わないのに
運動しているように見えるのはなぜか?

量子構造の分析から
最小単位のクオークと電子を観測すると
その質量のほとんどはクオークや電子は持ち合わせておらず
それを繋ぎ留めている「大きな力」という力によって
及ぼされているということがわかっている

つまり
アインシュタインが提唱した物質をエネルギーが担保していることが
そのまま証明されたことになるわけだ

物質の大きさや硬さは量子の量や単純にいう密度のためではなく
その物質を構成する構造のうち
「大きな力」がどれほど働いているかによって決まるわけである

我々人間を構成する量子の構造は
「大きな力」によってその質量が担保されているのである

我々の大部分はその力そのものによって
大きさや重さが維持されているわけだ

では観測できる物質ではない「大きな力」の塊が
光の反射で我々人間の形を認識できているのだとして
別の観測方法を持つものがいたらどうなるだろう?

つまり光によって物体を観測しない生物がいたら
「大きな力」をもって質量と観測出来ない生物がいたとしたら

それはすべてパラレルワールドの中
互いに同じ座標の中で互いに干渉し合うような関係性なのかもしれない

霊的な現象などは量子の世界を学ぶと
概念として理解ができるようになる

世界に満たされた量子はその場から動くわけではない
「大きな力」や「小さな力」によって
肉体や物質は構成されているように見えているだけである
すべては「量子の結び付き」のみによって空間も時間もなく
その働きだけですべての物体の動きが定義されるのではないか

霊現象などの目に見えないものは
そこにある量子が「量子の結び付き」から解き放たれず
そのままそこにあるがため
そこに居る者に干渉を起こしているだけなのかもしれない

別に目に見えるものだけの話ではない
音も空気という物体を揺らす「力」であるならば
やはり「量子の結び付き」によって発生するのは想像出来る

質量を持つか持たないか
観測出来るか出来ないかは
あくまでも「量子の結び付き」によって
構成された構造の問題であるのだとすれば
目に見えないものを観測してしまうのも道理であると感じる

アナログとは連続性のことであるが
我々を構成しているものがデジタルである以上
本来は離散的なものなのかもしれない

それでも量子が構成する我々人間の質量世界では
その動きがあまりにも緩慢に見えてしまうため
さも空間があるように 時間が存在するように
感じてしまうだけなのかもしれない

アナログの連続性もデジタルの離散的な動きを
ただ観測出来る尺度の中で連続性を持っていると
誤認しているだけのように思う

少し難しい話になってしまったかもしれないが
量子の世界のように単純理解が難しいこと
またいつでもその論理が変わってしまう可能性がある世界の話を
白黒付けずに心に留めておくのは
これからの世界で必要な能力なのかもしれない

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