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私が経験した児童養護施設での生活。

お久しぶりです。yumeです。

児童養護施設での生活がどんな風だったかをお伝えします。 

※読んでて胸が痛くなるかもしれませんので
感受性が強い方は閉じて頂くのをお勧めします。

有料記事にしようと思いましたが、より多くの人に児童養護施設の事を知ってもらいたいので無料記事にしています。


まず、児童養護施設とはどんな場所か?

児童養護施設とは、保護者のいない子どもや虐待されている子どもなどを自立まで養護する施設のこと。家庭裁判所の少年審判で保護処分となった刑事未成年である14歳未満の少年や少女が送致されてくる場合もある。略して養護施設とも称する。 児童福祉法に定める児童福祉施設の一つ。 ウィキペディア

ざっくり言うと、保護者が何らかの理由で育てられない子供を養護する施設です。

私は大阪で産まれて半年ほど経った頃に
愛媛県の孤児院に預けられ、0歳から3歳まで孤児院で育ち、3歳から18際まで孤児院の近くにある児童養護施設で育ちました。

私の住んでた児童養護施設では
児童が約70人。施設の先生が30人ほどいました。
施設の中でも割と児童の人数は多かった方だと思います。

児童養護施設での生活ってどんな感じなん?

って気になる方もいると思うので
私が住んでた頃の児童養護施設での一日を
教えたいと思います。

児童養護施設の1日


点呼  
まず、児童の人数も多かった為
脱走した子がいないか?などの確認のため
朝の6時に座敷に皆集合して正座をします。 
1人ずつ先生が児童の名前を呼びます。
一人一人「はい!」と返事をしていき
もし1人でもいない場合は、その児童が来るまで皆正座をして待ちます。

児童が寝坊してて来るのが遅かった場合
その部屋の班の方が呼びに行きます。
その間、シーンとした座敷の中で正座をして待たないといけないので
まぁ険悪なムードが漂ってました。
ため息をつく児童、キレて叫び出す児童など
もいました。。。先生もキレてイライラしてました。。

それで、皆が揃ってから
やっと点呼の時間から解放されます。

私はこのピリピリした空気がしんどすぎて
点呼の時間はかなり苦痛でした。

次行きます。

掃除 
施設は1階は幼稚園生までの児童が生活していて、2階は男子寮、3階は女子寮という3階建てで建物も広かった為
土日祝の休みの日は掃除の時間があり
児童皆で分担して掃除を行っていました。

部屋、トイレ、長ーい廊下、階段、靴箱、食堂、ボイラー室などの掃除を行います。

学校の掃除とほぼ同じです。

平日、学校の掃除をして
土日は学校みたいな施設の掃除をしてと
施設も学校とあまり変わらなかったです。    
 
私が小学生の頃は、先輩にあたる中学生や高校生にコキを使われまくって
ビクビクしながら先輩たちの分の掃除もやらされてました。

なんせ、私が住んでた児童養護施設には不良
が多くヤンキーみたいな人が多かったので
先輩の言うことを聞かないと
皆殴られてました。

もちろん、私もよく殴られてました。

先輩たちに殴られない子もいて
その子達は必死で先輩に好かれるように何でも指示に従ってしっぽ振ってついて行ってました。

酷い時は、掃除の時間に
先輩に部屋に集合せぇ!って集められて先輩のストレス発散に付き合わされ、
1人ずつ殴られていくという最悪な出来事もありました。
先生はもちろん見て見ぬふり

集団リンチも日常茶飯事で
私も何度か先輩に部屋に呼び出され
私1対先輩10でボコボコに殴られた事もありました。
いつも大体どこかで、殴られてる子の泣き声が掃除の時間に響き渡っていました。

朝ご飯  
朝食は1階の大きな食堂で食べていました。
施設がキリスト教だった事もあり
ご飯を食べる前に皆で手を合わせ、お祈りをしてからご飯を食べていました。

平穏にご飯を食べれる日もあったのですが、
まぁ70人もの児童がいるわけで
喧嘩をし出す子や泣きわめく子もいました。

酷い喧嘩の時は、児童が児童のお腹に箸を刺してしまって、刺された子は倒れてうずくまってました🥢
お腹に箸が刺さってたのでビックリしましたし、もぉ少しで殺人現場になる所でした。

そんな児童の喧嘩の光景もよくある事だったので
「またか。」と見慣れてしまっていました。

まぁ施設の中でこんなに厳しい生活していたら
どんな児童でも嫌になると思うし
そりゃストレス溜まってグレる子もいるし、
中には脱走をした子も何人か見てきました。

なので食事の時間は、いつも何が起きるだろ?ってビクビクしながら食べていた記憶があります。

宿題の時間

学校から帰ってきたら、小学生・中学生は
座敷に集まって宿題をしていました。
宿題が無くてもその時間は必ず座敷にいないといけなかったので、暇を潰す為に計算ドリルの問題を何度も解いてました。

高校生は、夜に図書室で宿題をしていました。

晩御飯を食べてやっと自由時間

晩御飯も食堂で皆と一緒に食べます。
その後、やっと自由時間がもらえます。
といっても小学生は8時に。中学生は9時には就寝しないといけなかったので、自由な時間は少ししかありませんでした。

小学生の頃はかなり怖い先輩がいて
 一年に一度、部屋替えがあり「部屋は一部屋に3~4人の児童がいました」
その先輩と一緒の部屋になってしまった時は最悪でした。

 私が寝ようとした時に「お前外出ろや。」
って言われて、寒い冬の中ベランダに放り出されて震えながら寝さされた事や、
「お前見よったらウザイけん押し入れ入っとけや。」と言われ押し入れに閉じ込められた事
もありました。
ドラえもんみたいに押し入れで余裕に寝れたら良かったのですが、暗闇が怖くて押し入れに閉じ込められた時は怖くて泣いてました。 

そのトラウマもあったせいか未だに部屋が真っ暗な状態は怖くて豆電球にして寝ています。


私が住んでた児童養護施設の一日はこんな感じでした。

私が住んでた児童養護施設を一言で表すと
刑務所」です。

悲しい理由があって施設に入った児童達が
施設で更に悲しい思いをしなければならない悪循環に思いやられました。

   「児童には何の罪もありません。」

それだけは皆に知って欲しいと思いました。

また施設の生活の事や、私の家庭環境の事なども書こうと思います。

悲しい記憶がフラッシュバックしたりもするので、自分のタイミングで書いていきます。

読んでくださりありがとうございます😌


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