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(連載小説:第15話)小さな世界の片隅で。

前回巻末:面談を終え、歩が自宅へ帰宅するシーンから

歩は、自宅へ向けて、自転車をこぎだした。明日は休日だ。大切な事に時間を使いたい。まだ明るさが残る夕暮れの中を、そんな事を考えながら、帰路についていった。

第15話

(X-4日)
一日が明けた。思いのほか、頭がすっきりしていた。不思議なもので、会社を辞めると決意した、たったこの一つで、背中の重荷が大分軽くなった様な気がした。ずいぶんと体が軽くなった気がした。

布団をどけながら、部屋の時計に目をやる。時計の針は、朝の7時半を指していた。休日にもかかわらず、出勤時と同じ時刻に起きてしまう癖は、いつもと変わらなかった。

部屋のカーテンを開けてみる。朝の陽ざしが眩しい。秋晴れの空は、東側から薄紅色の朝日が差し込み、まだ白い霞を残した空を、ほんのり赤白く染め上げていた。

少し遅い朝焼けが歩の目に鮮やかに映った。
鮮やかだった。

ただただそれは、鮮やかだった。

歩は、昨日の事を思い返していた。
あれでよかったのかな?いや、あれでよかったんだよな?
答えの無い自問自答をしていた。

食事をとりに、階段を下りる。1階のリビングでは、いつもの様に、母と妹の千絵が出勤前にテレビを見ていた。

いつもより、ゆっくりしながら、昨日の残りのおかずを並べ、朝食を済まる。

さて、今日は何をしようか…。

過去の事を振り返りながら、今日一日をどう過ごすのかを考えていた。

事故前の今日は、ぐったりと疲れ、一日中部屋で寝ていた。
殆ど記憶のない、休日を送っていた。

そんな今日を、何か少しでも意味のある一日にしようと思った。

その時、この間母親が話していた、祖母の月命日の話がふと頭をよぎった。

”久しぶりに、ちょっといってみようかな…。”

そう思い立つと、歩は、久しぶりに、市外にある祖母の墓へ行ってみる事にした。試しにいってみるだけなので、電車でなく、車で行く事にした。

”ちょっと出かけてくるよ。”

出がけに母に声をかける。

”はあ。どこへ?”

”はぁちゃんの墓。”

”はぁ…。気を付けていってくるだよ。”

”…。”

気の抜けた会話をして、外へ出る。

車のドアを開け、エンジンをかけると、車内に
いつものローカルFMのDJの声が立ち上がってきた。

歩は、市外にある祖母のお墓に向け、車を走らせていく。いつもと同じ時間帯、同じ車内という空間に身を置き、同じラジオを聴いている。

平日の生活のリズムが休日まで侵食し、ぼんやりしていると、今日が休日なのか、平日なのか区別がつかなくなってしまいそうな感覚だった。

車をしばらく走らせていると、ラジオDJの様子が、いつもと少し違っている事に気づいた。

コーナー進行、話す内容はいつもと変わらないが、声の調子が今日はどことなく少し上ずっている様な気がした。

CM開けに、番組のスタッフと思われる人の声が入った。

”小玉さん、本番中ですよ!”

”いいだろ!ちょっとぐらい!今日だけ、ちょっとでいいから、ね。時間ちょっとだけ頂戴!”

”ダメです!勝手なことはしないでください!”
”タイムテーブルとか、どうするんですか!”

”いいから!”

ガゴッ!

鈍い音がした。

”え~、皆さん、改めておはようございます。小玉です。皆さん、少しだけ、お時間よろしいでしょうか?”

”少し自分の言葉で伝えたい事があったので伝えさせて下さい。”

”先日、僕は、仕事で、神奈川県の伊勢原市にある大山という山へ行ってきたんですが、山へ向かう車の中で、あるラジオの放送を聞きましてね。”

“おそらく、地元のローカル局だと思うんですけどね、その局の放送の中で、担当のDJが、放送中に突然、DJの友人と、その友人のおそらく今後施設に入ることになるだろうおばあさんに向けて、個人的な、はなむけの言葉や、お礼、メッセージを伝えていたんですよ。”

“台本がある言葉じゃなくて、自分の言葉でね。それを聞いたら、僕、年甲斐もなく、何か感動しちゃってね…。何かいいなって…。”

何か様子がおかしい。

”それから、僕にも何かできないのかなって、ずっと考えていたんです。”

”でも、僕には、そのローカルDJの様に、特にメッセージを送りたい人がいるわけでもないし…。”

”でも、その時に感じたこの気持ちを、何か伝えたいなって。よく伝わらないかもしれないけど、誰かに伝えたいなって思いはあって。”

”その浮かんできた誰かってのが、誰なのか、よく考えたら…”

”月並みですけど、今ラジオの前で聞いてくれているリスナーの皆さんが僕にとっての伝えたい誰かだと、そう思いました。”

”で…、僕が伝えたいのは…、何だっけ…?”

”あぁ、そうそう。ちょっと一旦話がずれるかもしれませんが、聞いて下さい。”

”僕は、皆さんから見たら(聞いたら)、いつもの元気のいいラジオDJ、ラジオの中の人かも分かりません。”

”でも、そんな元気のいいラジオDJも、裏では、人知れず悩んでいる事とかもあったりするんです…。”

”皆さんが聞いているこのラジオも、ラジオだけじゃなくて…、放送全般そうだと思うんですけど、時代というか…、年々、倫理規定や、コンプライアンスとかの規制が厳しくなって、自分の喋れる範囲がどんどん狭くなってましてね。今は、その狭い中で何とか自分の喋りたい事をひねりだしている様な状況なんです。”

”その狭い中で喋っていても、言い方や表現を間違うと、個人や団体様からすぐにクレームが入って、以降は、もう同じ表現をする事が出来なくなるような、なんかこう…、色んな所に配慮しなきゃいけない、結構窮屈で、シビアな世界があったりしましてね…。”

”そんな時代の移り変わりの中で、この番組にも当初は無かった台本が出来るようになり、台本は年々厚みを増していく一方で、僕個人が喋れる余白は年々少なくなっていく現状があって…”

”毎朝、スタジオに入って、用意された”台本”を読んでいく内に、元々、喋りが好きでこの世界に入った僕は、毎日何のためにスタジオに来てるんだって思ったり、もうこれは、僕が喋らなくたっていいんじゃないか…なんて…思ったり…”

”そして、絶対に思っちゃダメですけど、修正されて綺麗に仕上がった台本をみて、何が面白いのかな、なんて思いながら喋ったりする事もあるわけで…。”

DJの小玉さんの暴走を止めようとしていたスタッフは、いつの間にか止めるのをやめ、話を聞いている様だった。

”でも、そんな日常を送ってても、”

”毎朝、スタジオに来てみると、皆さんからのメッセージ、メール、ハガキが相変わらず沢山きていて、この前かけてくれたあの曲よかったよとか、今日はこういう事があったよとか、お久ぶりです。元気にしてますか?帰省したついでに久しぶりにお便りだしてみました。とか。”

”反対に、なんか最近つまらなくなりましたねとか、ワンパターンになりましたね、昔の方が面白かったですね。なんて、手厳しい意見をくれたり。”

”あのコーナー、好きだったんですけど、どうなりましたか?とか、最近声に元気がない様に聞こえますが、体調大丈夫でしょうか?とか、心配するメッセージまでいただいたりして…。”

”初めてリクエスト、メッセージします!みたいな若い人から、最初の書き出しの1行で、もう誰なのか分かるベテランのリスナーの方々まで、本当に色んな方から、毎日途切れる事なく、沢山のメッセージが届くんです。”

”何にもない僕ですけど…、本当いうと、最近は面白くないと自分で思いつつ番組で喋ってる僕ですけど…、こんな僕の放送ですら、毎日聞いてくれて、メッセージを送ってくれる皆さんが居て…。”

”それに気づいたときにね…。ラジオDJなのに、うまく言えないですけど…、聞いてくれる皆さんが居てくれる事で、僕は、救われたような気がしました。何か自分が居る意味みたいなものを教えていただいた様な気がするんです…。”

”皆さんのおかげで、僕は、いつもの元気のいいラジオDJになろうと思えるんです。”

”僕からは、皆さんの姿はみえませんが、メッセージや放送を通して、いつも、皆さんの存在を傍に感じて、一緒に暮らしているつもりで、仕事をさせていただいてます。”

”もしかしたら、この放送を聞いてくれてるリスナーの方で、同じような悩みを持った方がいらっしゃるかもしれません。”

”そんなとき、ちょっと思い出してほしいんです。いつもの元気のいいラジオDJ、ラジオの中の人も、同じように悩みながら生きている一人の人間で、毎朝カラ元気をだして、この番組をお届けしているという事を。”

”そして、放送を聞いてくださっているリスナーさん一人一人が、このいつもの元気のいいラジオDJを支えてくれているのだという事を。”

”皆さん、毎朝、聞いてくれて、本当にありがとうございます。聞いてくれる皆さんが居る限り、僕はこれからも、この番組を頑張っていこうと思います。どうぞよろしくお願い致します。”

”これが、僕の皆さんに伝えたかった事、台本に無い、自分の言葉と気持ちです。”

”長くなりましたが、以上です。”

少し間があった後、児玉さんが、スタッフに向けて声をかけた。

”じゃあ、次のお便りと、リクエストをくれます?”

”…あ、はい…。”

スタッフが慌てて、書類を手渡したようで、ガサっと音がした。

”それと…”

”ついでに、始末書と、プロデューサーも呼んできてくれる?”

”出来たら、タイムテーブルと同時進行でいきたいからさ。”

”ハハハ…。”

スタッフの笑い声が聞こえた。

”あと、電話が鳴る頃には、僕はいないから。次のタイムテーブルがあるからさ。”

”ハハハ…。”

小玉さんがまた付け加え、放送は再びCMに入った。

歩は、車の中で、聞くことの無かった放送をしんみりと聞いていた。

歩の運転する車は、目的地に向け、幹線道路をまっすぐ走っていく。
(次号へ続く)

※本日もお疲れさまでした。
社会の片隅から、徒歩より。

第14話。

第1話はこちらから。



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