超短編小説「ノート」
ノートを小脇に抱えて、正門から入った。
そわそわして見えただろう。
掃除のおばあさんが挨拶をくれた。
私は、誰でもいいから自分のことを聞いてほしかった。
「このノートに、色々なことを書いているんです」
そう言うと、じゃあ読み上げてくれる、と言われた。目が悪くてよく見えないんだと。
その時、私はノートを開いてはっとした。
これは、かなり恥ずかしい。
私はノートを読み上げる代わりに、今朝、通学路で会った犬の話をはじめた。
おばあさんは少し不満そうだった。
「それが、あなたのノートの中身なの?」
私はなんだかんだと話を引き延ばして、掃除のおばあさんを煙に巻いた。
後ろから、クラスメイトたちのうるさい足音がした。
私は、ノートを急いで閉じた。
教室の中にいた。
皆、せわしなく動き回って、学期末の掃除をしていた。
私は机の引き出しから、大量のノートをまとめて引っ張り出した。
天板の上にノートの束を置く。
「捨てる紙類がある人は」
委員の子が叫んだ。
「廊下の隅に持ってきてください」
私はノートを両腕で抱えて、指定の場所まで行った。
そこにいた班長は、訝しげに私を見た。
お疲れ様です。
と言い残して、紙の束の上にノートを置き去りにしようとした。
「ちょっと待って」
班長は私を捕まえて、
「これ、ごみなの?」
と。
帰りの会の、最中だった。
Sがいきなり手を挙げて立ち上がると、どんな文脈かはもう忘れてしまったけど、
「鶏口牛後」
と私の方を見ながら言った。
それは、私のノートに出てくる言葉だった。
つまり彼は、私のノートの中身を読んだのだ。
何も知らないクラスメイトたちの頭上に、「?」がいっぱい浮かんだ。
Sは、にたにたと笑っていた。
私は恥ずかしいやら腹が立つやらで、半分パニックになった。
放課後、Sを捕まえて問いただした。
人のごみを漁るなんて悪趣味だ。
Sは悪びれもしなかった。
「紙に残す方が悪いんだ」
私は、全くその通りだと納得した。
家に帰って、貯めていたお金をかき集めた。
商店街の電気屋で、中古の重たいパソコンを買った。
このようにして、デジタルの時代は訪れた。
Sが気づいていなかったことが一つある。
それは、悪いのは紙ではなく、私だということだ。
その件は、いずれnoteに書くとして。
今は、昨夜見かけた猫の話がしたい。
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