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あるものはある、ないものはない。

「形あるものはなくなる」。

ずっとそう思ってきたし、今も思っている。

小中学校は、みんなが「友達の大切さ」や「努力で乗り越えたこと」を作文に書かされる時期だ。

そんなことに興味がある人の方が少数だとは、まだ気づいていなかった。

私は、「人が死んだらなぜ悲しいのか」について考えていた。
もし学校へ行っていて、作文を書かされるとしたらそれについて書きたかった。

図書館で借りた分厚い本は、頭が足りなくて読めなかった。
いつかもう少し大人になってから読もう、と思って返却した。
今もその頃のまま、図書館の本棚に収まっているけど。

あったものはなくなる。と思っていた私のもとに、なくなったものを差し出した子がいた。

どこかに落として失くしたのと同じ、小さなぬいぐるみを、その子はわざわざ買い直して、渡してくれた。

中学生にとっては大金だったろうに、あまりにも落ち込んでいた様を見かねたのだろう。

嬉しかった。飛び跳ねるほど。

でも複雑な気持ちだった。何を、余計なことを。と思う節があった。

だって、私は、ぬいぐるみが自分の前から姿を消したことを、
つまり、自分にとってはぬいぐるみが死んだことを、もう少しで受け入れられそうだったのに。

そんな解決法は甘い。

ものはいつかなくなることを、一緒に認識して欲しい、という気持ちがあった。

でもあの日以降、その子のことが魔法使いに見えた。

悲しんでいる人の、悲しみの原因を取り除く。

当たり前のようで、こんなにすごいことをできる人はなかなかいない。

その子は、道端でお腹を空かせている人に、ご飯を上げようとする大人になった。

大人になりかけの頃、魔法を使うその子のことがますます好きになっていた。
と同時に、無くなったものは取り返せると考える、その子との溝を感じた。

失ったものは、二度と元には戻らないのだ。

ずっと、彼女にそう信じさせたかった。

なのに、最後の最後、信じていなかったのは、私の方だと分かった。

彼女と私の間にあった、大切なものがなくなったとき、まだ取り戻せると勘違いしたのは、私一人だった。

「形ないものだってなくなる」。

あるものはある、ないものはない。

その境界を超えるとき、魔法のような何かが、人を悲しくさせる。

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