童話「ぼくの友達」
ぼくはいつもマンションのベランダで朝ごはんを食べます。ベランダには小さなテーブルと椅子が二つあり、海と山がよく見えるようにすわると、とても気持ちがよいからです。部屋のなかではお母さんと姉のミサトがふたりで朝ごはんを食べています。お父さんはとっくに仕事に出かけています。
朝ごはんのメニューはほぼ毎朝同じで、トースト、ハムサラダ、ミルク、ゆで卵です。
ピュー ピュー、空の上から鋭い鳴き声がしました。
カイトだ!
ぼくも「ピュー、ピュー、ピロピロ」とトンビ笛を鳴らすと、一羽のトンビがベランダのぼくのほうに旋回してきました。
ぼくは残しておいたゆで卵をアルミの皿にのせてテーブルに置き、そっと部屋の中に入りました。カイト、そうぼくはそのトンビに名前をつけていました。
ぼくに竹製のトンビ笛を買ってくれた慎太郎お爺さんは、昨年八十五歳で死んでしまいました。お爺さんはぼくに、いろいろなことを教えてくれました。
「隼人、トンビは英語でカイトというのだよ。トンビは目が良くて、はるか上空から百メートルも先のゆで卵が見えるのだぞ」
カイトはぼくがベランダからいなくなると、戦闘機のように急降下してきて、ゆで卵を見事に足でつかみ、また急上昇していきました。
「隼人、またそんなことして! 管理人さんに怒られるわよ」、お母さんが大きな声をだして、ぼくの頭を指でつつきました。
「野良猫とトンビには餌をやってはいけません。マンションの規則です」
姉のミサトが、小学校の担任先生の真似をしてぼくをにらみました。
カイトとの最初の出会いはちょっとスリルがありました。
ぼくがベランダで朝ご飯を食べていたとき、突然目の前が真っ暗になり、すごい風がおきました。一羽のトンビがぼくのゆで卵をかっさらっていったのです。でも、ゆで卵だけをつかみ、お皿はまったく動いていません、その見事な技術にぼくは感動したのでした。
そのトンビはゆで卵をつかんだまま、ぼくの方に一度戻ってきて旋回しました。確かにぼくはそのトンビと目があいました。それから、そのトンビ「カイト」とぼくは友達になりました。トンビと友達とはおかしいですが、まあ仲良くなったのです。
「隼人、すごいじゃない!」
お母さんがぼくの頭をさすり、イチゴのケーキを出してくれました。今夜はお父さんも帰りが早くて、久々の家族四人の夕食です。
先生から課題作文がだされ、ぼくの作文が学年で一番になって表彰されたのでした。次は県のコンクールにも応募されることになり、いつも成績の悪いぼくは、自分でも驚いています。
「隼人は、ずるをしたのよ」
姉のミサトが大きな鳥の羽根をぼくの机から無断でもってきて、テーブルに置いた。
「これはきっと魔法の羽根ペンなのよ。隼人はこの羽根ペンで作文を書いたのよ」
「返してよ! カイトがくれ、お爺さんが作ってくれた大事な羽根ペンだよ!」
ある日、カイトがベランダのゆで卵を食べていったテーブルに、一本の大きな茶色い羽根が落ちていました。
「カイトの恩返しだ!」、ぼくはうれしくてしょうがなかった。お爺さんは器用に
羽をナイフで削り、羽ペンをつくってくれました。
そして、学校の課題作文のテーマは「ぼく(わたし)の友達」でした。小学校四年のぼくは、成績があまりよくなく、とくに国語は苦手でした。でも、ハリーポッターの映画でホグワーツ魔法魔術学校の生徒たちが羽根ペンを使っていたので、ぼくも真似をして、お父さんのインク壺にカイトの羽根ペンをつけて、作文を書きだしました。そしたら、不思議なことにどんどん文章が浮かんできて、あっというまに原稿用紙五枚書けました。もちろん、カイトとの友情について書きました。
「トンビとの友情についての文章もいいけど、先生は亡くなったお爺さんと隼人くんとの友情に感激したわ」
お爺さんとの友情? そういう見方もあるのかな、ぼくはアルバムを開きお爺さんとの写真を見ました。慎太郎お爺さんは、いつものようにやさしく微笑んでいます。
「わたしもその羽根ペンで課題作文を書くわ」
六年生のミサトの課題作文のテーマは「わたしの夢」で、来週締め切りでした。
「わたしは生まれ変わったらトンビになりたい、空高く自由に飛び、上昇気流に乗り、雲の上まで飛ぶのよ。ほらスラスラ書けるわ」
アルバムの写真のお爺さんが顔をしかめた。
「トンビはネズミ、カエル、トカゲなどが大好物なのだ。トンビにはなりたくないよな」
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