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小説『礎(いしずえ)』

短編小説です。
まあ暇な時でも読んでください。



礎(いしずえ)

━━早く着きすぎたと毎度思うのだが、これが僕にとってのベストなのだ。時はもう夕暮れ。西日で反射するギンギラギンの鳩が僕の周りをぐるぐる回りながら到着を歓迎してくれている。ありがとう。
それから僕は友達のゲンマイくんとタイキくんに集合場所に到着した旨を連絡しなければならない。集合時刻の10分前に僕たち三人のグループラインに「着いたんやけど」と一報。彼らとは久しぶりの再会なので僕はとても楽しみにしている。しばらくしてグループラインにメッセージが届いた。タイキくんからのスタンプだ。彼は課金をしてまでスタンプを多く取り揃えている奇人だ。いや奇病だ。このようにスタンプをたくさん持っていることでマウントをとってくる人間性は褒められたものではないが、僕は愛想良くタイキくんのスタンプに対して追いスタンプで返事をした。先日購入したばかりのマサイ族のやつだ。マサイ族が西日でギンギラギンになっているやつだ。ありがとう。
ともあれタイキくんは返事をくれたがゲンマイくんからは既読もない。どこでなにをしているんだと僕はグループラインに投稿をしたが、集合時間までに既読が付くことはなかった。
時刻は18時1分。タイキくんが1分の遅刻を平然と行い、布施駅に到着した。完全に遅刻である。この人格破綻者のために1分も時間を無駄にさせられたことは到底許すことは出来ないが、ゲンマイくんのアホよりはマイナスポイントは大きくない。とりあえず気まずくならないように笑顔を作り目的の居酒屋まで二人で行くことにした。道中でタイキくんはゲンマイくんと毎日のように遊んでいるということを聞かされたが、オチもなくヘラヘラしているタイキくんが鼻についただけであった。

「いらっしゃい」
居酒屋に入ると店主がカウンター越しから目も合わせず挨拶をされた。僕たちは「どうも」と軽く頭を下げ席についたのだが、突然タイキくんが立ち上がり「あ、ごめんトイレ行ってくる」と席を外した。なぜ一回席についたのにも関わらずすぐトイレに行くのか、普通は一回店内の装飾品などを見渡してから発言し、実行するべきである。
とにかく一人で待つというのも落ち着かないのでスマホを確認すると不在着信があるではないか。ゲンマイくんだ。プルプルと呼び出し音が鳴り始めるがこれが中々に出ない。隣のカウンターにカエルの形をした箸置きが置いてあったので、手に取り、触っているところでゲンマイくんがようやく電話にでた。「ゲンマイくん何かあった?」「あの、非常に言いにくいんだけど」「どうしたの?」「遅刻してごめん!!」ブツッ。ここで電話が切れた。これはどういう謝罪の仕方なのか。ここへ本人が来るのか来ないのかも分からない。ただこのような謝罪をするアホは世間でも一定数確認されている。このようなことがまかり通ってもいいのか。
程なくしてタイキくんが帰ってきたので僕は直ぐに彼を問いただした。「手は洗ったのか?」タイキくんはビー玉のようなバッキバキの目をこちらに向けて、「洗い終えました」との一言を聞き安堵する。
だがタイキくんからはひと時も目が離せない。店主がお酒は何にしますか?と聞いてきたのだがタイキくんはおしぼりで手を拭きながらビールと答えたのだ。この男にはモラルというものが無いのか。世間一般に考えてトイレに行った後におしぼりを使用することなんてあり得ないのだ。この男は本物だ。その後タイキくんは何かを悟ったように「ごめん」と謝ってきたのであった。

僕はハイボールを頼んだ。お酒が用意できるまでの間、スマホを触りながら待っていたのだが、僕らが座っているカウンター席の椅子が小さすぎるのでお尻がとても痛くなってきた。「マスター、替えの椅子ある?お尻痛いかも、これ」と注文すると店主はテーブル席の椅子を用意してくれた。非常に気が利く店主である。
尻の痛みから解放され、一息をつくためにタバコをもらおうとタイキくんを見ると彼は落ち着かない様子であり、執拗に手で太ももを摩り続けていた。これは緊張しているのだ、久しぶりの再会だからかこうなるのも仕方がない。そこで僕は気を利かせてタイキくんの耳元で面白い単語を呟いて笑いを提供することにした。選択肢は二つ存在する。一つは『象牙』二つめは『バックル』だ。確実に笑いが取れるのは『バックル』だが、裏をかいて『象牙』もありかも知れない。よし決めた。僕はタイキくんの耳元に口を持っていき、ゴクリ。生唾を飲み、意を決する。よし!いくぞ!
「いしずえ」
しまった!脳と声帯が完全に乖離をしていた。たしかに『礎』も悪くはないが、これでは笑いは生まれないだろう。
タイキくんの顔を横目で確認してみるが苦汁でも味わっているかの表情をしている。本当に苦しそうだ。
すまんタイキくん。と謝ろうとしたその時、どこからか笑いが聞こえてくるではないか。その笑いは徐々に大きなパワーとなりこの店内を包んだ。店主も客も一丸となりビックバンを生んだ。壁に掛けてある朝青龍関の手形色紙が床に落ちるほどであった。店主は僕に「礎でも悪くねぇが、俺なら『竹串』でいくけどよお!」ひぃひぃと笑いながらアドバイスをくれたが『竹串』は本当に面白くない。
それにしてもタイキくんには笑いが分からないのか、今だに緊張している。こういう奴は嫌いだ。

「へい。ビールとハイボールと今夜の通しだよ」
店主が酒とお通しをようやく出してくれた。なんだよ今夜の通しって、夜毎来てるわけじゃないんだ。
その時、ガラガラと店の扉が開いた。
「あらじゃい」
マスターが挨拶をした目線の先には。
「ゲンマイくん!!」
ようやくゲンマイくんのご登場である。ところがゲンマイくんはとても緊張した顔をしている。
「ごめん!ムラハシくん遅刻しました!!」
ムラハシとは僕の名前だ。今ゲンマイくんは遅刻しましたと謝ったが遅刻をしてることはみんな知っている。理解が出来ない。それとも僕が知らない定型文で会話をしているのか?とりあえずなぜ遅刻をしたのかを追及したい。
「ところでゲンマイくんはなぜ遅刻をしたのだい?」
しかし緊張からか完全にゲンマイくんは震えている。この様子では会話はおろか、まばたきさえ出来ない状態であろう。これは耳元で面白い単語を囁くしかないのか。

だが僕は同じ事はしたくない性分だ。天丼は面白いと世間では共通認識であるが、違うアプローチでゲンマイくんの緊張を解放することにした。そこで考えたのがしりとりだ。全てを面白い単語にして返してやろう。
「ゲンマイくん今からしりとりしよか」
最初は僕のペースで始まったしりとりだがゲンマイくんが負けじと攻めてくる場面もあった、攻めに転じたゲンマイ語録のキレは凄まじいものであり、その中でも『四股名汚れ』と『シビア姉妹』は今夜のMVPであろう。造語もいいところである。最終的に僕は『あべこうじ』で勝つ事ができたが、これは苦肉の策であった。『あべこうじ』は不本意であり、今まで『あべこうじ』で勝てた試しがなかったのだ。
切り札でありジョーカーでもある『礎』を使用する場面もあったが、焦りから『イソギンチャク』というクソほどおもしろくないことを言ってしまったことは今後の反省にしたい。
それにしても遅刻をしてきたゲンマイくんのために僕がなぜこんなことをせねばならないのか。『あべこうじ』に収穫があっただけ良しとするか。

これでようやく三人が揃うこととなったのでまずは料理を頼む。店主の後ろの壁にはカマボコ板に墨汁で書かれたメニューがいくつもぶら下がっている。なるほど、ここは魚がメインのお店だそうだ。どれも美味しそうで決めかねてしまうが、ここで時間を取っても仕方がない。僕は店主を呼んだ。
「すみません、牛ホルモン焼きと豚トロとニンニクの目のホイル焼き、あとは味噌ダレ鳥の韓国風サラダをください」
「おっと兄ちゃん悪いね、うちは魚しか置いてないんだ。」
そう言って店主は後ろの壁にぶら下げているカマボコ板に目をやった。
「じゃあ、そのキュウリキムチください」

次にタイキくんはこの店で一番のおすすめ料理を店主に聞いていた。「おすすめかい?ここに書いてあるものは全部おすすめだよね」この店主も中々つまらない返しをするんだな。自分で何を言っているのか分かっているのか?見てみろタイキくんは苦しそうにしているぞ。

最後のゲンマイくんはお腹を空かしていたようで色々と注文をした。
シシャモは家で食え。家で昼に食え。

これで三人の注文を一通り終えた。僕は、ふぅ、と大きく息を吐きタイキくんからの貰いタバコに火をつける。ようやくの一服である。料理が来るのを待っている間、タイキくんとゲンマイくんは僕を真ん中で挟み、楽しそうに会話をしている。いいんだ、僕は真ん中で愛想笑いの練習をしているのだ。僕がついていけない話題でもなんでも遠慮なくしてくれ。ただ楽しそうにだけはするな。これが僕の愛想笑い理論なのだ。ただしこの二人は鈍感で僕の愛想笑いに気がつかない。なので僕は吸っていたタバコを半分も吸わずに揉み消した。ようやくゲンマイくんは気を遣ってかそれ以降笑わなくなった。
僕は論理的だ。全ての物事に対して理由付けをする。結果的にこのような人間は人々から尊敬される対象となる。

「はいおまたせ、『魚の塩焼き』だよ」
店主が一品目を出してくれた。これはハイボールと絶対に合う。絶対だ。
「おまたせしましたー、『魚とレンコンの季節炒め』だよ」二品目がきた。季節の香りが僕の鼻腔に立ち込める。
「おまたせ『魚の刺身』だよ」三品目がきた。一枚一枚等間隔で丁寧に盛り付けられている。すげえ技術だよあんた。目から鱗だよ!!!
そして主語が魚というボケにツッコミを入れると店主の思うつぼなので、あえてツッコむならば一品目にキュウリキムチを何故出さないのか、なのだ。

ふと店主に目をやると店主は極度の緊張状態を迎えていた。
これは渾身のボケが流された時に出てしまうてんかん症状みたいなものだ。他人事ではなく誰しもが陥ってしまうもので気をつけなければならないが、科学的根拠に基づいた予防法は存在している。それは迂闊にボケないことだ。今回のようにボケが拾われず急性ボケ不完全疲労症候群を発症した場合は、ニ通りの救命処置がある。一つ目は肌寒いと感じる場所で寝かせる。ニつ目は耳元で面白い単語を囁くことが効果的だ。
ゲンマイくんはこの症状を知っていたそうで素早く店主の元へ行き。しっかりと店主の肩を抱きかかえたまま冷凍チャンバーにぶち込んだ。ありがとう。

僕たちがお酒を交合わせるのは何年ぶりだろうか。一年は経っているように思う。やれ月日が経つのは早いものである。それにしてもタイキくんの容姿が一年前と少し違うことに違和感がある。なんだろうか、目元と鼻筋がしっかりしてる感じがする。「タイキくんは整形したの?」僕はぶっこんだことを聞いてみた。すると彼は「そうなんです」と言い。目元の抜糸痕を見せてきた。おい!そこは鼻筋の抜糸痕を見せんかい!鼻筋の方がどう考えても気になるのである。鼻筋の抜糸痕みせんかーい!
抜糸痕にあやかってゲンマイくんも首を突っ込んできた。「俺の抜糸痕も見てくれる?」そういうと自分が着ていたシャツをめくりあげのだ。

━━僕たちの宴も終盤を迎える。終始、常識知らずのタイキくんやゲンマイくんと一緒にいて思うところは多々あったが、なんだかんだ言って僕の人生に遊びをもたらしてくれるのは彼らしかいない。僕の数少ない大親友なのだ。忙しい仕事の合間を縫ってでも来てくれたことにお礼を言いたい。ありがとう。

「すみません、おあいそお願いします」
急性ボケ不完全疲労症候群から復帰した店主がレジに向かう。「合計で4200円になります」「俺が払うよ」そう言ってゲンマイくんが全て支払ってくれた。「5800円のお釣りです」店主がカエルの箸置きみたいなところにお釣りを置く。それは釣銭トレイだったのか。
店主は深々とお辞儀をして「ありがとうございましたー!」叫ぶな、うるせぇ。
店を後にした僕たちは深呼吸をする。駅前ということもあり夜でも賑わいを見せている。都会は空気が不味いと誰かが言ったが、そんなことはない。そんなことはないはずなのだ。そして僕たちは郷愁を感じながら繁華街を歩く。後ろでゲンマイくんとタイキくんがヒソヒソと話をしているが二件目に行くかどうか話をしているのだろう。僕はもう一軒行きたいお店があり、そこの料理とお酒はとても美味しいので二人に味わってほしいのだ。僕は「次はどのお店に行き━」「ごめん俺今日帰らないといけないんだ」ゲンマイくんが僕の言葉を遮り、断りを入れてきた。そういうのは前もって言ってほしいものである。

僕は大きなため息をつき三人で布施駅へ行くことにした。そして構内で解散するという運びになった。「今日はありがとう楽しかったよ」「また飲みましょう」彼らは僕に感謝を伝えてくれた。何だかんだ僕も楽しかったので「また近々飲もうね」と言い残し、彼らに見送られ僕は帰りの電車に乗り込んだ。ありがとう。ほんまやで。

翌日、ふとインスタグラムを覗いた。するとゲンマイくんのアカウントがタイムラインに上がっていた。『ラーメン美味しかったまた行こうね』と題し写真が何枚もアップロードされている。タイキくんが麺をすすっている画像もあった。僕も感化されてインスタグラムに投稿した。『礎』と題してゲンマイくんが店主を冷凍チャンバーにぶちこんでる写真をアップロードした。

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