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よく眠れた朝には 第4話

 でも、多分、なるようになるんだろう。こんなこと気にしても仕方がない。もしかしたら、こういう流れが正しいのかもしれない。突然、神隠しにあった人は、実は過去に行ってオレと同じような人生を歩んでいたのかも知れない。実はこんなことはたくさんあるのかもしれない。そうなら、あまり気にせず、このままこの人生を謳歌すればいいだけなんだろう。

 ただ、タエには今は同居人だということを何回も言って分かってもらった。一緒に住むけど、それはすぐに夫婦というわけじゃないと、何回も言った。でも、タエは、私の気持ちが夫婦でいいと思えるようになった時でいいと言っていた。よく考えれば、なんて心の広い優しい女なんだろう。確かにタエは可愛いが、それは子供っぽくてという意味で、一人の女としてじゃないつもりだったが、オレも次第に心が折れかけていきそうになっている。

 でも、タエはしっかり働いてくれた。食事の支度も洗濯もよく頑張ってやってくれた。オレが食事がうまいと言うと、とても嬉しそうに笑ってくれた。まだ、若干17歳なのだ。未来ではありえないと思う。この時代だからなんだろう。もしかしたら、普通のことなのかも知れない。

 近所の人たちはとても世話好きで、親身になってくれる。タエも嬉しそうだ。タエの身の上を知っているから、タエにとってみれば、こういうことを心から喜んでいるのだろうと思う。

 しかし、オレもよく考えると、割とすんなりこの世界になじんでいるもんだ。だけど、オレ自身が死なない、怪我しない不思議な能力があるからだと思うのだ。そんな能力がなければ、とっくの昔に亡くなっているのだ。これは、まだ死んではいけない状況にあるのだと思う。それがなくなれば、死んでいくのだろう。

 そんな時、侍の連中が鼠小僧をやっつける算段をしていた。しょうもない罠を仕掛けようとしていたのだ。自分たちの懐を肥やすために、町人から金銭を、それなりの大義をつけてせしめようとしていた。本当に困った連中だ。戦に必要な刀を作るために、町人からも一律金銭を没収するという話だ。てめーらでなんとか調達せぇよと言いたいが、まあ無茶苦茶だ。

 金銭は一人1両。家族の多い家は大変だ。妊娠していたら2両とか言いやがる。本当に無茶苦茶だ。長屋ごとに取り立てがやってきた。うちは充分な蓄えがあったから問題なかったけど、事前に長屋のみんなに確認しておいたから、足らない家にはオレが立て替えてやったので、問題なく取り立ては終わった。でも、あとでちゃんと取り戻すけどね。ほかの長屋も取り立てがあり、金銭のない家は大変だったらしい。やはりオレが取り返しにいかないといけないな。

 ある晩、オレは鼠小僧に扮して、金銭を貯めている屋敷に潜入した。そこで聞いた話はこうだ。大義はまったくの嘘だった。自分たちの懐を肥やすことと、鼠小僧を捕まえて八つ裂きにすることが目的だった。悪いヤツが権力を持つと、みんなが困る。まともなお侍はいないもんかね。とにかく、オレは金銭の保管している蔵を確認して、次の機会を伺った。

 決戦の日、オレは鉄状の棒、未来でいう鉄パイプを持って、戦闘開始に向かった。例によって手ぬぐいで顔を隠し、こっそり、屋敷に忍び込んだ。誰にも見られなかったら、金銭だけ奪って、トンズラするともりだったが、案の定、すぐに見つかってしまった。だが、今回はやけに人数が多い。こんなに多くて捕まらずに逃げれるのか?とにかく、頑張るしかない。

「お主が鼠か!」
「その通りだ。」
「さすがのお主でも、この人数ではかなうまい。観念せぇ。」
「あほぬかせ。観念してたまるか。」
取りあえず、片っ端から鉄棒を振り回し、侍を退治していった。さすがにいっぺんに来られたら、オレとて捕まってしまうだろうけど、一人ひとりならなんとかなる。あまり、広いところだと、網を投げられて捕まりそうだから、狭いところで対戦した。この方が捕まりにくいし、いっぺんに来れない。

 だが、数十人はおる。くたびれるわ。とにかく、腕や足を狙って、鉄棒を振り回し、一回で折れるくらいの力で振り回した。20人ほど、やっつけたところで、さすがにくたびれた。一旦、退散だ。しかし、一人ではかなりしんどい。仲間が欲しいくらいだ。今回は金銭はあきらめ、引き上げた。途中、なんとか撒いて逃げ切った。

 20人程の大半は腕か足を折ってやったから、あちらもだいぶ戦力が落ちたはずだ。その晩は家に帰らず、闇に潜んで隠れていたが、明るくなって、人通りが多くなってきたところで、人ごみに紛れ、家に帰った。めっちゃ、くたびれたぁ。

 タエは余計なことは聞いてこない。オレが夜中に何をしてたのか、本当は聞きたいのだろうが、自分から聞いたりしない。オレにとってみれば、本当に助かる。朝飯を食ったところで、オレはひと寝入りした。これで疲れを癒せる。起きたあと、次の作戦を考えていた。侍の連中は、もっと人数を増やしてくるだろう。夜に襲うより、日中に襲った方が、効率的かもしれないな。いつも2,3人で徴収にくるしな。この人数なら問題なく、倒せる。この時代は指紋鑑定や血液鑑定なんかないから、適当にごまかせる。よし、日中作戦決定だ。

 屋敷から出て、取り立てに向かう侍数人を途中の道で襲うのだ。ちょっと日陰になったところで、オレは襲撃した。さすがにこんなところで襲われるとは思っていなかったのだろう、かなり慌てていたが、あとの祭りだ。数人規模ならオレの敵じゃない。あっと言う間に全滅だ。動けないように手足を折ってやった。

 だが、この一件で彼らは厳重に警戒するようになった。彼らの屋敷を襲撃するには、どんな仕掛けがしてあるか分からないので、捕まる可能性が高い。だが、取り立ての道中も難しくなった。こうなったら、オレ一人ではどうしようもない。なんとか金銭を取り戻したいが、あきらめるしかなかった。彼らが気を許した時を襲撃してやろうか。なんか、それもなぁ。オレはしばらく、鼠をやめることにした。今はタエもいるし、彼女になにかあったら困るしな。

 オレは月1回の狩りを2回にして、侍のわけのわからない大義の取り立ての対策をするようになった。多少、多めに持っておいた方が、急になにかあっても大丈夫だからね。

 狩りはほぼ失敗することはなかった。たいがい、なにかの獲物が獲れる。イノシシと鹿を獲ったときは、持って帰るのが大変だった。野ウサギなんかは結構楽だ。リアカーがあれば楽なんだが、大八車しかないので、それを借りて大物のときは、利用することにした。リアカーも大八車も同じと思っているかもしれないけど、大八車は重いのだ。

 早いものでこの時代に来て、3年が経った。オレは29歳になって、タエも20歳になった。今は長屋のみんなに、子供はまだかと言われ続けている。だけど、タエには同居人だからと言ったままなので、オレのそばにいるだけだ。オレから見ている分には、それでもタエは満足しているように見えた。でも、本心はどうなんだろうか?

「タエ、こちらにおいで。」
「はい。」
「タエと暮らして、もう3年になるなぁ。」
「そうですねぇ。」
「ずっと、同居だったけど、タエはどう思っているんだ?」
「タエはこのままでとても幸せです。」
「ずっとこのままでいいというのか?」
「旦那様のお蔭で、タエを家に住まわせてくれて、何不自由なく食事もさせて頂けています。タエは充分幸せです。」

 泣けるなぁ。未来ではこんな女の子、なかなかおらんぞ。
「だけど、3年もよく我慢してついてきてくれたなと思っているんだ。オレと夫婦になってくれないか?」
「旦那様、本当によろしいのでしょうか?」
「当たり前だ。これはオレからタエに頼んでいるんだ。」
「ありがとうございます。末永く、よろしくお願いします。」
そう言うと、タエの目から涙がこぼれた。オレはそっとタエを抱きしめた。これでよかったんだ。その夜は初めてタエは、オレの腕枕でオレにしがみついて寝た。二人とも、ぐっすり寝込んだようだった。

 次の日、オレはタエに起こされた。
「旦那様、ここはいったいどこなんでしょうか?」

 オレはなかなか開かない目を開けて、周りを確認した。どこかで見たような風景だった。未来のオレの部屋じゃねえか。いったいどうなっているんだ。なんの前触れもなく、オレは現代に舞い戻ったのだ、タエを連れて。

 さすがに心の準備が出来ていない。オレはあの時代で生きていくつもりになっていたのに。だが、オレは舞い戻ったのだ。オレ一人だけじゃなく、タエも一緒だ。まさか、舞い戻るなんて思ってなかったし、いったいどうすればいいんだ。

 とにかく、こういうときは飯だ。ちょっと待てよ、今はいつなんだ?オレはテレビをつけた。年月日はどうなっているんだ?早く確認したい。今日は、4月10日。って、江戸の時代へいったのはいつだったのかな?
「あの、旦那様、ここはいったい?」
「ちょっと待ってくれ。ちゃんと説明するから。」
「はい、わかりました。」

 オレは冷蔵庫を開けた。その中にある食品を確認したら、まだ食べれそうな期限のものはあった。買い置きの食材も大丈夫なようだ。冷凍庫のご飯とか、おかずもあった。オレはすでに過去に行った正確な日付を忘れていたけど、食材が食べれそうなので、ほっとした。冷凍庫のご飯とおかずをチンして、それにお湯を沸かして、インスタント味噌汁に入れた。それをテーブルに用意して、タエを座らせた。

「取りあえず、食べよう。」
オレの行動に目を丸くしていたタエはこう言った。
「旦那様、これはいったいどういうことでしょうか?夢を見ているようです。」
「まあ、食べてみて。」
タエはおっかなびっくり、ごはんを一口、口に入れた。
「ご飯が温かいです。このおかずもとても美味しいです。お味噌汁もです。」
これを説明するのはとても難しい。とにかく、朝ご飯を頂くことにした。話はそれからだ。

 家のことをタエに説明するのに、多分1日かけても終わらないだろう。まずは、この着物だ。つぎはぎだらけの薄汚れた、ぼろっちぃ着物から、現在の服に着替えたい。その前に風呂に入ってちゃんと体を洗ってさっぱりしたい。だけど、タエの服がない!!!!どうしよう。女物の下着なんて、どうしたらいいんだ?オレのTシャツと柄物のカッターシャツ、短パンとジャージがある。とりあえず、それを着てもらおう。

「タエ、一緒にお風呂に入ろう。」
「旦那様とですか?」
「もう夫婦なんだからいいだろ。」
「わかりました。」

 ちょっと、恥ずかしそうにしていたが、覚悟を決めたようだ。一緒に入らないと使い方を説明できないし、こればっかりは仕方がない。オレはバスタオルとタエの衣服を用意して、タエの前で素っ裸になった。あの時代の銭湯は素っ裸ではないから、タエもかなり戸惑っているようだったが、オレが裸になっているので、自分も裸になった。湯舟にお湯を入れ、シャワーの使い方をタエに教えた。ボディシャンプーとタオルの使い方、シャンプーとリンスの使い方もオレなりに丁寧に説明した。

 タエは泡が立つボディシャンプーに興味深々で、それをつけたタオルで体を教えた通り、洗った。髪の毛は普段後ろで束ねていただけだったので、オレが洗ってやった。リンスもつけて、流してやった。先に湯舟に入ってもらっている間に、オレが体を洗った。それから、二人で湯舟に浸かって、ほっと一息。

 初めて、タエの裸体を見た。タエは恥ずかしそうにしていたが、オレも裸だったし、夫婦ってこんなもんだろうと思った。タエは150センチちょっとくらいの背丈で、とても痩せている。まあ、あの時代だからみんなそんなもんだろうと思う。オレも3年間、そんな生活していたので、だいぶ痩せた。でも、これからは注意しないとだんだん太っていってしまうだろう。

 風呂から出て、新しい衣服に着替えて、オレはタエにオレンジジュースを飲ませてやろうと思った。冷蔵庫から取り出してコップに注ぎ、タエに渡した。
「これは何ですか?」
「まあ、飲んでみなよ。」
何をするにも、おっかなびっくりで、ジュースを飲んでみた。
「なんて冷たく美味しい飲み物なんでしょう。」
「オレンジジュースって言うんだ。美味いだろ?」
「こんな美味しいものがあるなんて、信じられません。」

 さて、オレはこれからタエに今の現実を説明しないといけない。タエは受け入れてくれるだろうか?
「タエ、今のこの状況をどのように説明すればいいのかわからいけど、オレがついているから心配しないでほしい。」
「わかっています。旦那様が一緒ですもの、何があっても大丈夫だと思ってます。」
本当にタエは可愛い。いい性格しているよ。
「今、オレたちのいるこの場所は、あの長屋のみんなのいる場所から、150年以上先なんだ。」
「いったい、どういうことなんでしょうか?」
「つまり、ずっと先の未来に来てしまったんだ。」
「もしかして、旦那様がいらした未来ということですか?」
「その通りだよ。理解できるかい?」
「わかります。だって、見たこともないものばかりですし、とても便利で、素敵なものばかりです。」
「オレはタエにこれをすべて教えていくから、しっかり、理解してくれ。」
「わかりました。旦那様のご期待にそえますよう、頑張らせて頂きます。」

 それから、部屋の中にあるもので、あの時代にはなかったものについて、詳しく説明し、使い方を教えた。タエはなんとかついてきてくれた。
「タエ、教えることが多すぎるから、わからなかったら、何度でも聞いていいからね。」
「そんな恐れ多い。一度で覚えますので。」
「本当に何度でも聞いていいから。」
「いえいえ、頑張らせて頂きます。」

 そんな調子で、台所回りと洗面所、トイレをしっかり説明した。つもりだ。だけど、このこと、どこかで同じように説明した覚えがある。あれは、過去に飛んでいく前のことだ。オレは何故かしら、オレの心に一人の女の人が入り込んできた経験を、今まで忘れてしまっていた。まさか、タエはその時の女の人か?とも思ったが、そうではないらしい。

 一通り説明したところで、お茶を飲んで休憩した。
「お茶は今も昔も同じ味なんですね。」
「ああ、これは日本人の心だからね。」
「なぜか、ほっとします。」

 なぜか、急に現実的なことが気になり出した。タエは本籍もなければ、住民票もない。出生証明だってない。なんせ、160年以上も前だもんね。オレと結婚するということで、すべて解決できるのだろうか?それに、もっと現実的なことが。タエの下着とかどうやって買えばいいんだ?男のオレがそんなん、買いにいけないじゃん。あまりに変な奴と思われちゃうんだろう。だけど、そういうことを信頼して任せられる人って、おらんしのう。どうしよう?

 ふと、大学時代の仲良かった友人の山田ひろみを思い出した。あいつならこの状況を理解してくれるかも?オレは携帯でひろみに電話して見た。
「あれ~、慎ちゃんじゃない。久しぶり、どうしてた?」
相変わらずの声が聞こえてきた。でも、オレにとってみれば、本当に久しぶりなのだ。
「よう、元気にしてたか?」
「元気、元気、元気だけが取り柄のひろみちゃんよ。」
「今日はちょっと頼みことがあるんだ。」
「何、何?」
「電話じゃ説明しずらいから、一度、オレんちにこないか?」
「どういうことよ。」
だから、説明しずらいって。
「来たら、ちゃんと説明する。んで、今日一日オレに時間くれ。」
「え~、そんな暇ちゃうわよ。でも、いいわ。慎ちゃんの頼みだもんね。」
「すまない。待ってるわ。」

 しばらくして、玄関のチャイムが鳴った。ひろみだ。
「いや~、慎ちゃん、久しぶり。」
「ありがとう、来てくれて。」
「で、その子誰?」
「オレの妻。」
「え”~、いつ結婚したの?全然、聞いてないんですけど。」
「だから、電話では説明できないって言ったろ。」

「信じてもらえるかどうかわからないけど、決してうそではないんだ。オレは過去にタイムスリップして、3年過ごし、また、現在に帰ってきたんだ。彼女は名前をタエと言って、オレと一緒にこの世界に来てしまったんだ。」
「そんなん、にわかに信じられないわ。」
「ひろみは今、26歳だろ?オレはもう29歳だ。過去で3年生きてきたからね。」
「ほんとなの?タエさんは何歳?」
「私は20歳になります。」
「若っ!それで結婚?あり得ないわ。」
「そんなことはございません。15、16歳くらいでみんな結婚するのが普通でございます。」
「ふ~ん、そうなんだ。」
「で、ひろみに頼みことなんだけど、タエの下着とか服とか一緒に行って買って来てくれないか?化粧品とかも。というか、そういうことは全然知らないから、一から全部説明しないといけないけど。お願いできるかな?」
「私が?でも、まだ信じられないわ。」

 オレは、それまで来ていた着物を持ってきた。
「これが、オレとタエが今まできていた着物だ。さっき、お風呂に入って着替えたからこんな服装だけど、それまではこの着物をきていたんだ。」
「きったな~。よく、こんなん着てたわね。くっさ~。」
「ひろみ様、旦那様の言われる通り、私はまだこの世界に慣れておりません。ふつつかですが、いろいろとよろしくお願いします。」
そう言うと、タエは深々、頭を下げた。
「ああ~、タエさん、そんなことしなくていいのよ。わかった、わかった。慎ちゃんに協力するわ。」
「すまんね。よろしく頼むわ。」
「ひろみ様、ありがとうございます。」

「ひろみ、これ、軍資金。」
そう言って、ひろみに数万円を渡した。
「足らなかったら、建て替えておくけど、あとで返してね。」
「そんなにかかるん?」
「あったり前じゃん。女の子ですからね。」

 なんとか、タエのことはひろみに託した。あとはうまくやってくれるだろう。オレは今まで働いていた会社のことが気になっていた。今はどうなっているんだろう?オレはどういう扱いになっているんだろう?さっそく、会社に電話してみた。
「いつもお世話になっております、日栄商事でございます。」
「あ、山本ですけど、加藤さんおります?」
「山本さまですね、加藤につなぎますので、少々お待ちください。」
ん?なんか変。
「お電話代わりました、加藤ですが。」
「あ、加藤先輩。オレです、山本です。」
「何かの間違いではないでしょうか?」
「一緒に働いている山本ですよ。」
「弊社に山本という社員はおりませんが?」
えっ、どういうことなんだろう?オレは一旦電話を置いた。

 オレは日栄商事で働いていなかった?未来が変わってしまっている?でも、ひろみはオレを知っている。どうなっているんだ?今のこの世の中、オレはどこで働いていることになっているんだろうか?

(つづく)

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