友達

友達なんていらない。一人で生きていくことが最もカッコイイし、最も理にかなっている。そう思っていた。

どうしようもないくらい暑い夏の午後3時、太陽は少しづつ西に傾きはじめているけれどその強烈な熱は容赦なく頭頂部を攻め立てる。橘風夏はグラウンド横の大きなメタセコイアの木陰で一人本のページをパラりしていた。本の内容はよく分からない。読むのが目的ではなく、半ばめくるのが目的と化していた。

「何読んでるの?」
いきなりの声に内心びっくりした。が、平静を装いながらゆっくりと振り向く。振り向いた先には小麦色に焼けた、いかにも人懐こそうに目を細めた女子生徒が立っていた。立花風花。風夏の、同姓同名の、正真正銘同姓同名の、クラスメイトだ。

「別に」
風夏は嫌味にならない程度に冷たく返事をする。実は風夏は風花のことが苦手だった。いや、少し嫌いでもある。
「えー教えてよー。ねえってばっ」
これだ。誰にでも愛想がよく、何より人に詰め寄る距離感が近い。そしてその近さはみんなに好かれる特徴だ。風花はクラスの中心だけど、風夏はクラスの日陰者。「同じ名前なのにね」そんな声は聞きあきた。名前をつけたのは親だし、こんな性格になったのも別に私のせいじゃないし、風花と一緒のクラスになったのも、私のせいじゃない。全部私の外で決まったことだ。それに多様な価値観、があっていいじゃない。

「じゃあ当ててみる!」
風花は懲りずに私の横に座り額に両手の人差し指を当てながらむむむっと悩むポーズをとる。このポーズ。こんなの漫画とかドラマ以外に現実でする人がいるのか。おそらく風花だけだろう。これも鼻に触る。ぶりっ子しちゃってさ。
「わかった!怖い本でしょ。人が死にまくるやつ!」
ハズレ。私は首を横に振る。こんなの相手にしなくていいのに、何故か反応しちゃう。悔しいなー、もう。
「じゃあ、バディもの。刑事とか?」
これもハズレ。また首を振る。
「ギブアップ〜。わかんないなに?」
「ノンフィクション」
「って?」
「小説じゃないってこと」
「へー難しそ。面白い?」
「うん」
「そっかーー」

一旦途切れる会話。私が最低限のことしか反応しないから。木陰は少し涼しく、うだる暑さも蝉の声もいやじゃない。ジージージー。頭上で蝉の声がする。少しの沈黙。けれど、嫌な感じではない。

「ねえ、今度さ、プール行かない?」
「は?なんで」
「え、だって私たち友達じゃん?夏休みだよ?行くしかないよ??」
いつから友達になったのだろう。同じクラス、同じ名前、それだけ。特に話すこともないしましてや遊んだことすらない。
「もっと仲良い人と行きなよ。いるでしょ、風花なら」
「えーでも風夏と一緒に行きたい。なんか面白そうだし」
何がだ。だんだん面倒くさくなってきた風夏は本を閉じると立ち上がる準備をした。

「どこ行くの?」
「塾」
「じゃあ途中まで一緒に行く」
来なくていい。けどそうは言えず、曖昧に首を振る。どうせ何を言ってもついてくる。あーあ、これが同姓同名じゃなければ仲良くなれていたのに。そう考えながら風夏は歩き出す。夏草の香りをのせた風が2人の頬を触る。青臭い匂いがどことなく好きだ。
「雲、でっかー」

今年の夏はもしかしたら、思い出の夏になるかもしれない。ふうかは足下に転がっていた小石を少し蹴りつけた。小石は右に左に振れながら程よい勢いで転がり続けた。

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