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第119話 藤かんな東京日記〜村西とおるのトークライブで生き霊退散


情熱が勝って、服装に失敗する

「あなた、その格好で出るの?」
 どきり。
 村西とおるさんが私が着ている『はだかの白鳥Tシャツ』を指して言った。
「すみません!」
 返答に困っている私の隣で、山中さんが頭を急降下させた。
「つい彼女が書いた本への情熱が勝ってしまいました。すみません!」
「そうだよマネージャー。今日みたいな場は、彼女がいかにエレガントな女性であるかを知ってもらう場所なんだから」
 ここは結婚式もするような会場なんだよ、と村西さんは続ける。
「これじゃあまるで、マクドナルドの店員みたいじゃないか。マネージャー」
 すみません、以後気をつけます! と山中さんは頭を下げ続けた。彼は私の服装については何も関係ないのもかかわらず———

 2024年9月20日、『村西とおるトークライブ 第1回男塾祭』に参加した。その前日、エイトマン社長と電話で打ち合わせをした。
「服装、どうしようか」
「はだかの白鳥Tシャツ、着て行こうと思っています」
 あれか・・・・・・と社長の返答はいまいちだった。
「下はどうする?」
「ジーンズとヒールのサンダルにしようと思っています」
 ジーパンか・・・・・・とさらに反応は微妙。
「ロングスカートとか、ないかな」
 おやおや、どういうことだ?
 
 エイトマンに入りたての頃、社長は私にこう告げた。
「あなたは身長が低いから、せめて体の線が分かる服装が良い。ワンピースより、Tシャツにジーンズが良い。地味な服装してる子が、実はスタイル良くて、頭も良いって、むっちゃかっこ良いやん」
 さらに「比較的エラがしっかりしてるから、髪型は顔の輪郭を出すのが良い」と言われた。
 この時から藤カンナズスタイルは確定していた。
 
 それなのに、ここでロングスカート。
 はて?

 おそらく腰のラインが出るタイトスカートがベストなのだろう。しかし残念ながら、クローゼットにちょうど良いものは、ない。
「ないか。じゃあジーンズで行こう」
 こうしてトークライブの服装は『はだかの白鳥Tシャツ』とスキニージーンズに決まった。

 しかしその後、私はXで、以前に村西さんと吉高寧々、美乃すずめがライブしていた写真を発見した。彼女たちは白のワンピースで、ドレッシーな格好をしている。
 なるほど。
 明日のトークライブはこんな雰囲気なのか。
 だから社長はロングスカートと言ったのか。

 私は再びクローゼットの前で考えた。
 いっそワンピースで・・・・・・いや、『はだかの白鳥Tシャツ』は着たい。これに合うスカートは・・・・・・やはり、ないもはない。
 だが1つだけ、バレエの練習着としても使う、白のチュールのスカートが目に入った。Tシャツとの相性はいまいち。おまけに体の線は見えない。しかし、バレエぽい演出とドレス感はでる・・・・・・
 ええい、もうこれで行ってまえっ!

 結果、村西さんに「あなた、その格好で出るの?」と指摘され、山中さんをコメツキバッタのように謝らせることになってしまった。苦笑。

『全裸監督』の打ち上げで「抱いてください」

「服装はもういいから、ちょっとそこ座りなさい。マネージャー」
 イベント開始30分前、控室にて。私たちはテーブルを挟んで、村西さんの正面に座った。
「あのね、『全裸監督』の撮影が全部終わった、打ち上げの場でね——」
 村西さんは全く違う話を語り出した。

 村西とおるの半生を描いたNetflixドラマ『全裸監督』。その撮影が全て終わった後の打ち上げの席。出演していたAV女優の1人が、村西さんにこう言ったそうだ。
「監督、私を抱いてください」
 村西さんは、みんながいる前だからと、彼女にハグをした。すると彼女の後ろには他の女優たちが列を作り始めた。あっという間に、村西さんとハグをするための長蛇の列ができ上がった。
 1人1人ハグをし、最後に小柄な女性が1人、立っていた。
「あなたはメイクの役だったから、ハグはいらないでしょ」
 その女性は『全裸監督』でメイクアシスタントのジュンコ役を演じた、I.Sさんだった。
「いえ、監督。私も抱いてほしいです」
 そして村西さんは彼女に強くハグをした———

「あの子は、今、朝ドラで主演をして活躍しているでしょ。あの全裸監督の時から、そういうガッツのある子だったんだよ」
 NHK朝ドラ大ファンの私としては、とても痺れる話だ。
「あなたのとこは、とてもガッツのあるプロダクションなんだから、彼女のこともしっかりマネージメントしなきゃダメだよ。分かった!? マネージャー!」
「はいっ、すみません!」と、山中さんは額から血が出んばかりに、テーブルに頭を擦り付けていた。この時もし「腹を切れ」って言われたら、彼は本当に切りかねないだろう。山中さんはそんなガッツのある人、なんやで。

ネガティブになる呪いを浄化

 トークライブは、村西さんのトーク力に終始圧巻の2時間半だった。内容はニコニコ生配信『全裸監督・村西とおるのナイスな多事争論』を見てほしい。
 ライブが終わり、会場も片付けを始めていた頃。私は村西さんに言った。
「村西さん、抱いてください」
 媚び売っとるやん、と思っただろう。
 だが、この時は咄嗟にその言葉が出た。本当に心から村西さんのエネルギーを分けてほしかったのだ。
 それには理由がある。
 この日の午前中、私はネガティブになる呪いをかけられていた。

 午前中、私は自宅でパソコンを叩いていた。
 いつもラジオを流しながら作業をすることが多く、サンボマスターの『世界はそれを愛と呼ぶんだぜ』が流れてきた。そしてふとドラマ『電車男』を思い出した。この曲は『電車男』のエンディングソング。
 ———そういえば、今『2ちゃんねる』ってどうなってるんだろう。
『電車男』は、ネット掲示板『2ちゃんねる』への書き込みを基にしたラブストーリーだ。
 早速「2ちゃんねる 今」と検索する。どうやら『2ちゃんねる』は『5ちゃんねる』に替わり、さらに現在は『爆サイ.com』というサイトが注目されているらしい。
 どれどれ、と『爆サイ.com』を開く。
 時事ニュースやスポーツ、エンタメ。その中に「AV女優・男優」という項目があった。特に何も考えずクリックした。
 掲示板には、たくさんの女優名が並んでいる。その中になんと・・・・・・
『藤かんな』の名前が、上から8番目にあった。

 中を覗く。
 既視感のある、おぞましい文字たちが並んでいた。

 ——明け方まで一心不乱に数学の問題を解き続けるって、何か怖いわこの子。典型的なADHDだと思う。
 ——エイトマンの社長の訓示なんて、経営者なら誰でも言いそうなフレーズなのに、ばかな信者共は何故あの程度の言葉を絶賛して有り難がるのかね? もはや狂信的で怖いわ。
 ——マドンナ20周年で顔面偏差値の低さが明らかに。
 ——ホントいかれてる。周りの人相当困らせて恨まれてるだろうな。早く死んで欲しい。
 ——今日は星まりあの取材に付き合わされている。何かもう便利屋みたいなポジションだね。
 ——胡散臭いキャラ設定のAV女優ランキングとかあったら殿堂入り間違いなし。
 ——つばさ舞ちゃんはLINEを教えて貰えないと公言する。かんなは相当根性が悪いとトークライブを見て思った。 

 Xが炎上した時と似た空気感。
 みんな、私のXやnote、イベントを結構見ている。『はだかの白鳥』も読んでいる可能性がある。その上でこのボロクソ言いたい放題。
 ショック!
 なんて一瞬で通り越して、笑いの境地だ。

 ただ。 
 テンションは下がった。
 サイトを閉じ、パソコンも閉じ、何もやる気が起きなくなった。そしてプールに泳ぎに行った。
 しかし運動したからとて、この独特の胸のムカつきは取れない。
 あんなのただの一部の人間が言っているだけ。8番目に注目されてすごいじゃないか。
 そう言い聞かせても、私だって人間だ。

 どうせどうせどうせ。
 頭のイカれたブスの嫌われ便利屋AV女優よ。

 ネガティヴになる呪いは、しっかり効果を発揮していた———

 村西とおる。彼は前科7犯、借金50億、懲役370年。生命力ランキングとかあったら、殿堂入り間違いなしの人だ。
 だから私は「抱いてください」と、村西さんのエネルギーを求めた。心に巣くったネガティヴを、払拭してほしかったのだ。
 村西さんは強くハグしてくれた。中身の詰まった硬くて分厚い体だった。

エピローグ

 数日後、喉元過ぎれば熱さを忘れ、再び『爆サイ.com』を訪れた。
 
 ——村西とおるのトークライブを見ていたけど、アシスタントなのに村西とおるの横に並ばないとか、空気読めない子なのかな?
 ——変なシャツ着ていいオモチャだわ。変な事務所行って精神おかしくなって人生終わるんやろな。

 トークライブまでしっかり見てるやないか。
 私はこのサイトの書き込みに負けないくらいの罵詈雑言を、手書きでノートに書きまくった。何ページも何ページも。中指の第一関節が痛くなるまで。もし彼ら彼女らの体調が悪くなったなら、それは私からの生き霊、ネガティブになる呪いだろう。
 しかし知るものか。私も人間。仏ではない。


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藤かんな
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